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日本周遊紀行(85)内浦湾岸 「鹿部、南茅部町」
砂原町の沿岸からから観る「駒ケ岳」の勇姿が良い。
北海道の大沼・駒ヶ岳周辺は国定公園に指定された美しい景観で知られるが、渡島富士ともいい大沼側から見る湖沼を配した駒ケ岳が優美に映る。 だが、ここから観る駒ケ岳も天を指す弧峰で雄雄しく壮観である。
しかし、駒ヶ 岳は今も激しい噴火をしている活火山である。
1640年、寛永の大噴火では山体の上部が爆裂で南と東に相ついで溶岩流を伴なって崩れ落ちた。 南側山麓(七飯方面)では 低い土地、河川を埋めて大沼、小沼と、それらの中に点在する島々ができ今の姿になった。
また東側に(砂原、鹿部方面)崩れ落ちた山の一部は 内浦湾(噴火湾)に達し、大津波を起こした。 数ある噴火の中でも、この時が最大で大噴火と大津波で死者700名を出す大惨事となったという。
平成に入っても小規模な噴火を繰り返し、近くは平成12年にも数回激しい噴火があった。
今この地点からは風向きにより確認できないが、火口付近では現在でも弱い噴気活動を行なっているはずである。 従って登山、登行は禁止されているという。(平成16年末)
火山や火山帯の近くには必ずと云っていいほど良い温泉地が在る。 国道278の海岸沿いにあるのが「鹿部温泉郷」である。
温泉の町・鹿部でも特にめずらしいのが周期的に地面から噴き出す「鹿部間歇泉」である。
鹿部町の間歇泉は大正13年に温泉を掘っているときに偶然見つかったもので、日本でも大変珍しいといわれる。
間歇泉は、他に別府や諏訪、鳴子にもあるが世界的にはアメリカのイエローストーン公園の大間歇泉が有名であろう。
鹿部間欠泉は5~6分間隔で103度もの熱湯が15mもの高さまで噴出すという。
こちらの間歇泉は公園施設の中にあり入場有料(300円)であるが、ここには足湯もあり脚を浸しながらブワーッ!!と吹き上げるのをのんびり見物できるのがいい。
鹿部町の温泉は泉源が30ヶ所以上もあり、ナトリウム・カルシウム-硫黄塩泉が主だが、それぞれ泉質が異なるの特徴をもつ。 適応症は、神経痛、関節痛、うちみ、痔症、リウマチ性疾患、創傷及び火傷、皮膚症などに効果があるという。
銭湯は亀の湯、寅の湯があり入浴料350円也。
間欠泉公園から少し行った所の国道沿いに「三味線滝」という優美な滝が在った。
高さ30m程の品の良い滝で、見ていてホッとする。 その名前の由来は流れ落ちる音が三味線の音色に似ているからと言われるが、果たしてどうであろう。
駒ケ岳を望むゆったりした低丘陵地から、海岸際に沿っている国道278(恵山内浦ライン)南茅部町に入る。
この辺りから風景は一変して、海岸近くまで山稜が迫り、背後の町界部は600m前後の山塊が波打っていて、海洋の町でもあるが山間の町でもある。
町は内浦湾に面する幅が5~6kmの細長い町であり、山が迫る狭い海岸線に道路が通り家が並んでいる。
風光も道内では最も温暖な地域であろうし、漁業資源も豊富のようだ。
この幅の狭い地域に、山襞に沿って幾筋もの急峻な河川が流れ下る。
この川筋の段丘に大昔、人々が何千年もの間生活していた、長さ30キロメートル余りの海岸線には、ほぼ4キロメートルおきに縄文遺跡が連なって発見されているという。
一般に、縄文期とは早期から晩期までの凡そ1万年から2千年前あたりを云うが、この地区一帯には、それらの時代の殆どの期間に人々が在住し生活していたとみられる。
その考古学上の遺跡調査は1973年に始まり28年間に及んだといい、その規模は町内に88ヶ所、面積にして150万平方m、出土品総数は350万点にも達するとのこと。
南茅部地区は縄文人達による一大国家が形成されていた事になり、これは青森の「三内円山縄文人」の遺跡を凌ぐものとも云われる。 或いは青森などと盛んに交流等も行はれていたのでは・・??。
南茅部町は古代の香りのするロマンの町でもあった・・!!。
この南茅部町をはじめこれから訪れる椴法華村、恵山町、戸井町そして函館市による広範な地域の合併の話があるようで、しかも既に各市町村は合併協議の合意を得て平成16年12月には新しい「函館市」になることが決定しているという。
ところで道内の行くとこ、行くとこ合併協議がもちきりである。
合併についてはスムースに行われる所もあれば、中には地域の止むに止まれぬ事情、個々の議員さんの利害得失等で見送り解散になるケースも少なくないようである。 小生が「日本一周の旅」の最中でも着々刻々と合併の話が進行中であり、又、合併が済んで新しい市町村名に出くわし頭を悩ますこともあるが、この記録表示については出来るだけ従来の名称で記載しようと勤めている。
因みに、全国的にみて平成の大合併が始まる以前の1999年(平成11年)3月頃までは3200余の市町村であった。 合併が進んで以来、2004年11月現在では2400程度に減少したようだが、更に進行中で2005年(平成17年)にかけては合併のピークを迎え、平成の大合併の第一弾が終了した2006年(平成18年)4月には1800程度にまで減少したという。 つまり全国の市町村が、当初より4割以上も減少したことになる。
合併によって財政支援が受けられる「合併特措法」なるものの有効期限は2005・3月迄で、それ以降の恩典は無くなっている。 従って、この期日以降の合併の動きは鈍くなっているが、これ以降も都道府県に合併推進勧告の勧告権があることから、合併新法の期限である2010年(平成22年)3月末に向けては多少なりとも合併の動きが進むことが予想されるという。
全国の首長の皆さん、お国のために、わが地域のために奮闘努力してくださーい・・!!
次回は「椴法華・恵山」
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