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日本周遊紀行(64)閑話休題 「四国について」 、
高知へ到ったが、その前にチョッと閑話休題・「四国」について、
阿波・徳島を周って、土佐の高知に到った訳だが、ここで「四国」について触れて見よう。
一般に四国は北四国、南四国といって瀬戸内海側と太平洋側とに区分される、だが、気候、風土的には瀬戸内海沿岸地域、四国山地地域、南四国地域の三地域にも分けられる。
瀬戸内海は日本最大の内海で、穏やかな波や美しい島々があり、一大美観で大半が国定公園に指定されている。
瀬戸内海とは、北側は関門海峡、東側は鳴門海峡、そして西側には豊予海峡(速吸瀬戸)と何れも強力な潮の流れの激しいところの内側の海域を指した名称である。
因みに、「瀬戸」とは幅の狭い海峡、潮汐の干満によって激しい潮流を生ずるところを指す。
瀬戸内海沿岸地域の気候の特性は年間降水量が少なく、しばしば渇水になる特性があるようだ。 これは後日、高知の沿岸(太平洋側)と愛媛の瀬戸内側を巡るうち、河川の水量が全く異なることに気がついている。
特に、この時期になると(4~6月・・?)高知の四万十川等は満々と水量が豊富なのに対して、瀬戸内側の大小河川は、ほぼ完全に渇水状態であったこと。 これはダムの残水量等、時折、生活上問題にもなっているようで、吉野川水系の明浦ダムが渇水に見まわれ、連日水不足がニュースや新聞のトップ項目に挙げられるなど全国的にも話題となっている。
又、四国山地地域は、四国の中央部を東西に貫く山地で、中央構造線の南に千数百メートル級の急峻な山々が連なり様々な様相をなしている、四国山脈ともいう。
この地域では多くの自然と景観が合間って信仰の地でもある。険しい山々が荘厳で神々しいことから古代より山岳修行が盛んであり、西日本最高峰の石鎚山や剣山などはその代表格である。 さらには弘法大師ゆかりの四国八十八箇所遍路は、四国の全山、全域が霊場といっても過言ではない。
南四国地域は、気候は海洋性で温暖湿潤であり、台風の通過も多い。
徳島に四国一の河川である急流・吉野川が流れ、高知に四国二の河川てある四万十川の清流が流れる。 然るに水資源が豊富で住民の節水意識が薄いとも言われるが、これは北四国がたびたび水不足に見舞われる地域であるのとは対照的である。 それは四国山地の影響度もある。
経済的に観ると、北四国が瀬戸内海ベルト地帯の一環として経済発展したのに対し、南四国は発展から取り残され、所得水準や工業生産高では大きく差が開いているとも云われ、全国的に見ても開発が遅れた地域であるとみなされているようだが。
しかし、近年は四国各地を結ぶ「四国縦横断自動車道」の開通など交通の便が改善されたこともあり、現在では四国を南北のブロック分けすることは少なくなっているともいう。
四国は、古くは奈良時代の古事記に『身一ニシテ面四ツ有リ』と書かれていて、更に、「伊予之二名島」とも記されている。
伊予国の愛比賣(エヒメ)と土佐国の建依別(タケヨリワケ)、阿波国の大宜都比賣(オオゲツヒメ)と讃岐国の飯依比古(イイヨリヒコ)との男女二神ずつが一対として表わされている。
つまり、伊予の愛・ヒメと土左の建依別 (愛らしい姫様と力強い建の男)、阿波(粟)の大宜都ヒメと讃岐の飯依ヒコ(男女一対:両方とも穀物・食事関係して神)を現しているという。 俗に言う、愛媛女と土佐男、讃岐男に阿波女といわれる。
「伊予之二名島」の二名とは、その二対のことであった。 讃岐は香川県,伊予は愛媛県,土佐は高知県,阿波は徳島県である。
四国は、国造時代から四カ国が寄り添いあって現代に到っている。
尤も、領土的には変遷もあったようで、伊予国守・高安王(たかやすのおおきみ・敏達天皇の孫である百済王の後裔といわれる)が阿波、讃岐、土佐三ヶ国を合わせて領したこともあった。
一時期、中世の細川氏、戦国初期の長宗我部元親が四国を一国として統治していたが、長宗我部は豊臣秀吉によって征伐され、元の鞘(四ヶ国)に戻っている。
さて、これより訪ねる土佐の高知であるが
奈良後期、国郡の制が定まり、駅制が整備されてからは京都と四国の国府を結ぶ官道の往来が賑やかになった。
国の格付は土佐が中の国で、他の三ヶ国は上の国といわれた時期もあり、都から見れば土佐は最も遠い国であったが為かもしれない・・?。
国守では、「土佐日記」を著した土佐守・紀貫之が有名(後述)で代表格であろう。 この頃から平安末期頃まで、土佐は遠流の国となり、貴き方々(都人)が流人として配流されている地域となった。
戦国末期、土佐は長宗我部氏のあと、1601年(慶長6)に山内一豊が20万石余で入国している。(NHK大河ドラマ「功名が辻」で放映、詳しくは後述) その後の江戸末期、土佐の国から日本を背負い立つ傑物も現れている。
「土佐もっこす」という言葉もあり、一本気で骨太で信用がおけるが、頑固で融通がきかないといった土佐人の県民性を表した言葉のようで、古事記に言う、土佐は「男の国」なのである。
次回は、高知の「室戸崎」
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