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日本周遊紀行(104)石巻 「北上川流域の盛衰」
石巻へ来た。
市街の中心を清冽な「北上川」が流れ注ぐ。
この北上川は「旧北上川」と称しているが、一方、「新北上川」が追波湾に注いでいることは、先回の項目で述べた。
「新北上川」は、旧北上川の流量調節や、農業・水運のため、昭和の初頭、津山(柳津)で分流し、旧追波川を改修、合流させ運河として造成したものという。
北上川は岩手の中枢を流域とし、往時は水運文化として栄え、栄華を極めた地域である。
その流域には、一関、平泉、衣川、前沢、水沢、胆沢(いさわ)、江刺、金ヶ崎、北上、花巻といった、既に大和朝廷時代の古代から知られる地域名が多く並んでいる。
古代奈良期の頃までは、この辺りは未だ東国・蝦夷といわれた処の中心で、蝦夷・エミシの棟梁である「アテルイ」という人物が古代東北を治めていたことは、東北の歴史に興味のある人は周知のことであろう。
大和の国統一を計る朝廷は宮城・多賀城に根拠を持ち、幾度となくエミシの中枢である水沢、胆沢を攻めるが、アテルイによってことごとく阻まれてる。
そして最後に登場するのが征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂(後述する)で、彼によって決着をつけられるのだが、この時期に北上川は多いに利用され改修もされたという。
後には俘囚(ふしゅう・朝廷の支配下に入り、一般農民の生活に同化したエミシ)と呼ばれる安倍氏の反乱である「前九年の役」などを経ながら藤原全盛期を迎えることになる。
平泉の藤原三代の中尊寺、毛越寺(もうつうじ)等に代表される奥州・藤原文化のように東北独特の文化圏を形成した。
それには「北上川」が社会、経済、文化の発展に大きな役割を果たしていたのである。
宮沢賢治(花巻市)、石川啄木(盛岡市)など、流域出身者の作品にも取り上げられたように、流域住民にとってはまさに「母なる川」といえる。
ただ、岩手・盛岡出身の作家・高橋 克彦氏は・・、
『 古代から近代までの東北は敗者の暮らす土地であった。 弥生文化に席巻された縄文文化;中央朝廷の蝦夷・エミシの統一化;源氏に滅ぼされた藤原平泉文化;豊臣秀吉の天下統一最後の合戦場(岩手県・九戸);官軍の東北侵攻など、ことごとく侵害を受け、敗北を喫している。 その度に築き上げた豊かな文化は白紙に戻され、勝者によって歴史が改竄(かいざん)されてきた。こんな国が他にあるだろうか・・、』、とも述べている。
北上川には国指定史跡、名勝、天然記念物などの多くが分布しているが、それは苦難の歴史を秘めていることでもあり、今は只、ゆったりと流れている。
江戸時代の石巻港は北上川水運によって南部藩領からも米が下り、河川交通と海運との結節点として、日本海側の酒田港と列んで奥羽二大貿易港として全国的に有名であった。
伊達政宗が舟運の便を開き、上流の南部藩米を積んだ平舟がこの川を下って石巻で千石船に積み換え、江戸へと向かったという。
これによって、ここ石巻は北上川舟運の終点として江戸回米の一大集積地となり、石巻発展の礎となった。
尚、伊達政宗は北上川に「貞山運河」(ていざんうんが)を拓いている。
旧北上川河口から阿武隈川河口まで、仙台湾沿いに全長約46kmに及ぶ日本最長の運河が延びている。
江戸慶長年間から明治期にかけて建設されたもので、因みに「貞山」とは伊達政宗の謚号(しごう、おくりなで生前の行いを尊び死後に贈られる称号)である。
当時はまだ鉄道もなく、道路も未発達だったので物資輸送は舟運が中心であった。
そこで宮城・岩手間の米輸送に欠かせなかった北上川に着目し、更に、北上川と阿武隈川を結んで東北の輸送の大動脈を造ろうと考えたわけである。
運河は岩手県北上盆地、宮城県仙台平野、福島県中通りの広大な河川交通・物流に供するものであったが、仙台平野においては江戸時代初期の新田開発における灌漑用水路、排水路としての機能も重要であった。
しかし、北上川の度々の洪水や鉄道輸送との競合によって、近年はその役割を終えている。 現在は、物流に用いられる例はまれであるが、農業用水路、漁港の一部、シジミ漁・シラス漁などの漁場、釣りなどのレジャーに用いられている。 運河沿いの一部には自転車専用道路も設置されているとか。
次回は、「塩釜」
尚、「松島」については後頁、「温泉と観光」の項で詳細記載します。
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