2010年4月23日金曜日

日本周遊紀行;温泉と観光(25) 「釧網本線」」

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日本周遊紀行;温泉と観光(25) 「釧網本線」」(追記)

ノロッコ号

釧路湿原観光専用列車・ノロッコ号(JR北海道提供)




小生2008年初夏、札幌から然別温泉、釧路、川湯温泉、網走を巡った際、この釧網本線に乗車して釧路湿原の大自然を目の当たりにした。
序(ついで)ながらここで「釧網本線」(せんもうほんせん)沿線の観光案内をしてみよう。


【釧路発14:52(釧網本線ノロッコ4号)⇒塘路着15:50 塘路発16:19⇒川湯温泉着17:22】

釧網本線ノロッコ号は、釧路湿原観光専用列車で客車はオープン型、座席も外部展望がしやすいように設えてある。 
走行は普段の列車よりゆっくりで、特に主要地になると車内ガイドを聞きながらスピードも極端に遅くなり、写真撮影のタイミングも計ってくれる。ただ、ノロッコ号は湿原の中心ともいえる「塘路」までである。

何しろ「釧網本線」は、釧路から網走まで、三つの国立・国定公園を貫く日本でも有数、北海道随一の好景観路線なのである。



釧網本線」の釧路駅を出発した列車は、次の東釧路で根室本線と別れ釧路湿原を北上する。
湿原の中を走るようで、特に広大な日本一の湿原原を堪能するには左側車窓がよかろう。 「釧路湿原駅」という駅もあり湿原の中枢とも言えるところで、時間が許すなら途中下車して「細岡展望台」で釧路湿原の展望を満喫するのもよい。 
又、「塘路駅」あたりでは「塘路湖」、「シラルトロ湖」の展望も絶佳である。

釧路湿原を北部へ進むに従い、「五十石」(ごじっこく)駅のあたりで湿原が果て標茶(しべちゃ)に着く。
この標茶駅は嘗て国後島が望める根室標津までの「標津線」が走っていた、このことについては先に述べたが。 

湿原が果て、標茶から摩周にかけては牧場も多くなり、牛が草を食む風景が見られるようになる。
摩周駅」は阿寒国立公園の玄関口で、以前は「弟子屈」という駅名であった、「てしかが」と読むが、温泉地としても有名である。

元々は弟子屈温泉と呼ばれていたが、摩周湖への観光拠点であることを判りやすくするため、温泉地名に現在の呼称である摩周温泉が用いられて、1990年にはJR弟子屈駅も摩周駅と改称されている。 
この辺り、冬季の冷え込みは厳しく、摩周、川湯辺りでは空気中の水分が凍ってキラキラひかる「ダイヤモンドダスト現象」が見られる所でもある。


摩周から「緑駅」(みどり)にかけては、阿寒国立公園の中を走る。 

沿線にある川湯温泉は、北海道でも有数の規模の温泉であり、人気の「屈斜路湖」にも近いが、しかし駅は何故か無人駅でらしい。 駅近くからは、硫黄の蒸気を噴出す硫黄山が不気味な姿をさらけ出しているところでもある。

川湯温泉から緑にかけては、釧路支庁と網走支庁の境界がある山越えの区間で、駅間距離も沿線最長の14.5kmあり、列車は湿原の開けた空間から鬱蒼とした森林の中を走ることになる。

次に、緑から知床斜里にかけては対照的に田園風景が広がる。
このあたりの田園風景は、本州以南のそれとは異なり、ジャガイモ、麦畑やビート畑などが広がり、いかにも「北海道の大地」といった感じである。 
車窓右側には、裾野が緩やかで頂上がとがった斜里岳が美しい山容を見せており、田園風景に彩りを添えている。 
その「知床斜里駅」は「世界遺産・知床」の玄関口でもある。



知床斜里を出ると、いよいよ車窓右側にオホーツク海が見えてくる。
こちらは、やはり流氷が沿岸まで押し寄せる厳寒期が見ごろであろう、一面流氷に閉ざされる風景は、まさに幻想的であり圧倒的迫力で迫る。 
ただ、列車は海岸沿いの小高い丘陵の間を走る区間が多く、実際に海が見える区間は意外と少ないという。 

一方、浜小清水から北浜にかけては、車窓左側に小清水原生花園が広がり、夏場は様々な花が咲き乱れる爽やかな風景が広がる。 
こちらには先に紹介した駅舎の洒落た「原生花園駅」という臨時駅もあり、季節ともなると停車駅となって多くの客が訪れるという。

まさに北海道の夏の優しさと冬の厳しさを、同時に味わえる路線である。 
本線は、オホーツク海と濤沸湖に挟まれた細い砂州の間を進む。 

又、この区間は別名「グルメライン」と呼ばれており、止別・北浜・藻琴の各駅は、駅舎に食堂や喫茶店を併設しており、浜小清水駅には道の駅も併設されている。 
尚、「北浜駅」は、目の前がオホーツク海で、オホーツク海に最も近い駅として知られている。
終点の「網走」は、釧路と並ぶ道東観光の玄関口である。市内にも、網走刑務所・モヨロ貝塚・天都山など見所については既に述べているとおりである。


まさに釧網本線は、日本中のどこを探しても、これだけ全線に亘って広大に広がる風景は、北海道でしか見ることができないであろう。 
近年は沿線の豊富な観光資源を背景にして、トロッコ列車(ノロッコ号)やSL列車などの観光列車が通年運転され、又、団体臨時列車も多く、リゾート列車、お座敷列車が入線することもあるという。

特別事例として、2007年4月より藻琴駅~浜小清水駅間において、「デュアル・モード・ビークル」といわれる車両が試験営業運転されているらしい。往路は軌道、復路は道路を通る循環ルートで土日・祝日のみの運行を予定しているとか。

デュアル・モード・ビークル(DMV:Dual Mode Vehicle )とは、軌道と道路の両方を走れる構造を備えた車両(バス、軌陸車)であり、日本においては、利用の少ない路線のコストを削減するためにJR北海道などで開発を進めているという。

次回は、 「登別温泉」



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日本周遊紀行;温泉と観光(24) 「釧路湿原」

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日本周遊紀行;温泉と観光(24) 「釧路湿原」 



釧路湿原

写真:釧路湿原(展望台と湿原) 





釧路の市街地を横断して、湿原展望台へ向かう。

道道53(釧路鶴居弟子屈線)の湿原の際をしばらく行くと、高台に「展望館」があった。
夕刻迫る(16時15分~)終了間際の時間帯であったが、有料入場360円を払って展望台へ駆け上がった。 
円形のほぼ360度方向の展望塔は全方向の眺望が得られるが、やはり夕闇迫る時刻、透明感のある視界は残念ながら望めなかった。 

しかし、我が国最大の釧路湿原の雄大さは堪能できた。 
館内は釧路湿原の生い立ちや、湿原の動植物、遺跡、地形、地質などについて展示しており、展望台の周囲は遊歩道が敷かれ、 温根内ビジターセンターと北斗遺跡(旧石器時代から縄文・続縄文時代を経て擦文時代に至る重複遺跡)へ通じている。



釧路湿原は日本では最も広い湿原で、その凡そ八割はいわゆる低層湿原であると言われている。
湿原に踏み込んでみると地面はスポンジのように柔らかく、踏みしめると水がジュクジュクと染み出してくる。 
これが低層湿原と言われ現象で、寒冷な気候条件から植物が分解されないまま何百年にもわたり堆積し泥炭を形成している姿である。 
普通なら腐ってしまう枯れ草も、寒冷地ではそのまま積もり重なってしまい、積もり具合は1年に1mm程度といわれ、釧路湿原の泥炭の層が平均3~4m、深いところでは6mに達していることを思うと、最低でも3000年以上の歳月がかかっているという。

因みに、その下には貝の化石や海の泥などを含む層があり、その昔、海だったことを物語っている。


湿原の中には達古武湖、塘路湖及びシラルトロ湖などの海跡湖の他に数多くの小さな池や沼がある。 
又、草原はヨシ、スゲに覆われた湿原が続いているが、わずかに変化を与えてくれるのは高層湿原でもあり、所々にハンノ木の樹海林のなだらかな丘陵や台地が広がっている。


釧路湿原は、低層湿原の他に高層、中間、それぞれに特徴的な植生も見られるという。 
湿原を潤している水は、釧路川と阿寒川から潤沢に供給され、これらの川の源である「屈斜路湖」と「阿寒湖」などが大きなダムの役割を果たしている。 
加えて、湿原の中にある各種の湖や沼も水の供給源となっている。
水源からの豊富な水の供給と泥炭がもつ保水力が湿原を継続的に維持するために不可欠の要素となっている。 

これら水性湿地には、特別天然記念物のタンチョウはじめ、わが国最大の淡水魚・イトウ、氷河期からの遺存種キタサンショウウオ、エゾカオジロトンボなど貴重な野生動物の生息地としても重要な地域でもあり、1980年に一部が「ラムサール条約」に登録されている。



【低層湿原】
一般に湿原と言うと、これを指し、釧路湿原の80%は低層湿原といわれる水性(湿性)湿原である。  
表面が平坦で地形面と地下水面とが一致し、湿原の表面まで冠水しているものを言う。
その水は地表水と地下水に依存し、比較的富栄養性で、そのため、大型のヨシ、ガマ、及び大型スゲ群落などの草木が繁殖する。
また、地下水で涵養されているため集水域が開発されると、その地下水位に変化がおこり、変質や減少、さらには消失してしまうことがある。



【中層湿原】
低層湿原から高層湿原に移行するときの湿原のことである。
地下水で涵養され植生が維持されている低層湿原と、雨水のみによって植生が維持されている高層湿原との中間の性質を持つ湿原といわれる。
植生はヨシやスゲ類が主体となり、指標となる植物はヌマガヤである。



【高層湿原】
分解されず堆積した泥炭が多量に蓄積されて、周囲よりも高くなったために地下水では涵養されず、雨水のみで維持されている貧栄養な湿原を指す、乾性湿原。 
代表例に尾瀬ヶ原やサロベツ湿原があげられる。
植生はミズゴケ類が主体であり、温暖な地域では枯れた植生がすぐに分解されてしまうため、高層湿原は発達しない。
まれに冷たい湧き水などがある場合に、それに近いものが形成され、氷河期の遺存種など、貴重な動植物が生息する場合が多い。



「釧網本線」について・・、

釧路湿原は太平洋に面した海沿いを除き、釧路湿原展望地辺りを境にして、その周りを高い崖、高地でぐるっと取り囲まれて入るのが判る。 
この地が太古には海であり、海跡湖としての形骸が見て取れるのである。 
東の境界が鶴居村、屈斜路・摩周湖へ延びる道道53号線に沿って、西側はJR釧網本線辺りが境になっている。 
従って、JR線からは起点の東釧路(列車はすべて釧路発着)を出ると、列車はすぐに釧路湿原へと入っていくようになる。 
釧路の市街地から、いきなり広大な湿原の風景に変わるところがいかにも北海道らしく、茫々たる湿原に川がゆったりと蛇行し、大小の沼地が点在する風景は大陸的であると。

列車は全体的に湿原の東端を走るため、釧路から乗車した場合は、どちらか言うと車窓左側の方が景色がよいらしい。 
しかし、一部は湿原の真ん中を走る区間もあり、その中心が塘路駅であり、湿原にある湖の中で最大の塘路湖(とうろこ)は、塘路駅の車窓右側にある。

この釧網本線は全国のすべての鉄道路線の中で、最も風景が美しい路線だといわれる。 
尤もで、釧路湿原国立公園・阿寒国立公園の二つの国立公園、さらには網走国定公園の中を走るわけで、景色がよいのも当然である。
国立公園の中を走る路線は全国にいくつかあるが、二つの国立公園の中を走る路線は、全国でもこの「釧網本線」だけである。

次回はその体験乗車・「釧網本線



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2010年4月22日木曜日

日本周遊紀行;温泉と観光(23) 「風連湖と春国岱」

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日本周遊紀行;温泉と観光(23) 「風連湖と春国岱」


風連湖
写真:白鳥の湖:風連湖、向こう岸を春国岱(しゅんこくたい)と称している




国道243の厚床あっとこ)からは国道44になり、後は根室半島を目指す。

間もなく「道の駅・すわん44」(白鳥台センターともいう)に着いた。
施設の館内へ入ると正面突き当りには、総ガラス張りの展望窓が有り、風連湖とその周辺を一望することが出来る。 親切、丁寧な造りで、酷寒の日には有難く最適であろう。 

また外部展望地には「根室10景 白鳥の風連湖」と木板が掲げてある。 
見渡すと寂々とした湖面で、何となく荒涼とした風景にも感じられ、あたかも深山の湖を思わせる趣きがある。 
よくよく見ると沿岸地周囲は、湿原と草原と森林が混成している様子が判る。


風連湖」は根室半島の付け根に位置し、大雑把には南部域と北部域とに分かれ、南部域が砂州によって根室湾に通じている、所謂、汽水湖である。 
汽水湖としてはサロマ湖、能取湖に次いで北海道第三位であるが、周囲の長さにおいては汽水湖としては全道一であるという。 
そしてこの風連湖の特質は、自然の生成進化の過程が良く現れているようで、それが一目で判るのである。  

先ず、手前から右方にかけては浅瀬・干潟が大きく広がっている。
そして河川の堆積物は浅瀬・干潟をやがて湿原にし、草原となり、森林に変化してゆくのであろう・・?、 その状況、現在進行形が目で確かめられるのである。

風連湖は、この三様が絡み合って、凡そ300種の野鳥が観ることができるという。 
10月上旬にはオオハクチョウが飛来し、まさに文字通りの白鳥の湖となり実に壮観らしい、実は、丹頂の営巣地としては釧路湿原を抜いて道内(国内)最大とのこと。 
また風連湖では干潮時、「泥の上を叩いて貝の場所を探って採る」、というような一風変わった漁が行なわれているらしいが果たして・・?。


風連湖へ連なる春国岱(資料提供)


南部域の風連湖は根室湾に通じているが、その殆どの部分が砂洲でもって遮られている、この砂洲の部分を「春国岱」(しゅんくにたい)と称している。 

湖から海洋にに向かって三列の砂丘からできていて、長さは8㎞、最大幅は1.3㎞あり、こちらも風連湖沿岸同様、海岸砂地、干潟、湿原、草原、森林など多様な自然と、砂丘の形成年代による植生の違いなどを見ることができる。 

三列の砂丘のうち、湖に面した「第三砂丘」といわれるのが最も古い砂丘で3000年前頃にできたといわれアカマツ、ドドマツ、ミズナラ、ダケカンバなどの原始林の巨木が生い茂り、地上は苔むした森の様相を見せている。 
特に、この森林帯は海に浮かぶ森のようだとも言われる所以である。 中程の「第二砂丘」は、二番目に古い砂丘列で2000年~2500年前にできたとされ、世界でも珍しい砂丘上に形成されたアカエゾマツの純林帯の森林が発達している。 
この現象は大変珍しく、国内でも唯一の植生といわれる。

又、海に面した「第一砂丘」は春国岱の中では最も新しい砂丘列で、1000年~1500年前にできたとされ、森林ではなく草原が主体で、長さ3kmにおよぶハマナスの群生が見られるという。

これら砂洲三相の「春国岱」の自然には、タンチョウ、大ハクチョウ、アカゲラ、クマゲラ、シジュウカラ、ハシブトカラ(ハシブトカラスではない・・!、シジュウカラに似た野鳥)、オオワシ、ルリビタキ・・・などなど狭い地域ながら植生に応じた野鳥が生息する楽園なのである。

風蓮湖・春国岱に飛来する渡り鳥は約260種確認されており、世界有数の渡り鳥の中継地点となっている。 
このように「春国岱」は、地質の生成過程や植物の植生過程が羅列的に見られるところから「奇跡の丘」といわれ、学術的にも貴重な自然といわれる。



釧路湿原が「ラムサール条約」の指定地域となり、最近では国立公園となった事はご存知だが当初は、この風蓮湖・春国岱がラムサール条約指定地の第一候補だったらしい。 

釧路湿原へ一歩先を譲った「風蓮湖・春国岱」であるが、2005年11月8日世界的に重要な湿地であるとして、ラムサール条約に登録されたようである。



国道44は温根沼大橋を渡る、温根沼(おんねとう)と根室湾の丁度付け根に当たる。

この大橋からの風景も実にいい。
思わずカメラを向けるが、あまりに視界が広くてフアインダーに入らない、気に入る写真は難しそうだ。

風蓮湖と並ぶ根室を代表する湖沼で、鬱蒼と茂るエゾマツの森に囲まれた周囲15km、の汽水湖が、根室湾につながっている。
干潮時には沖合いまで砂州となり、アサリやホッキ貝などの潮干狩りで賑わう風景は、温根沼の風物詩にもなっているという。


次回は「釧路湿原」



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2010年4月21日水曜日

日本周遊紀行;温泉と観光(22) 「野付半島」

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 日本周遊紀行;温泉と観光(22) 「野付半島」 


道東は「標津」に到った。

標津の市街地の一角、国道272の交差信号の近くの海岸沿いに「民宿・船長の家」という民宿がある。 
小生の息子が旭川市在学中の頃、冬季に、この付近で交通事故(自爆)を起こし、たまたま通りかかった宿の主人に助けられ、宿にて介抱されて大変お世話になったところである。 

過る年、カミさんと道東旅行の際、立ち寄って、挨拶お礼を申し述べたが、今回は目礼のみで通り過ぎることにする。


標津町、「民宿・船長の家」は宿の裏が根室海峡、標津漁港から2kmという国後島を間近に望むことができる立地。 
海釣り客が多いこの宿の一角には、囲炉裏を設けた居酒屋の食堂があり、そこでは、鮭のチャンチャン焼きと美味なるお酒で、ダイナミックな海鮮料理が楽しめる。

猟師の宿で客室数 7室 宿泊定員 20名 宿泊料金 5000円から・・と、チョットコマーシャルでした。

標津・「船長の家
https://rps.ana-g.com/adam/static/institution/html/11260/1126001.html


「船長の家」を過ぎると間もなく野付半島である。


野付半島の特異な地形(資料)



砂土の浜に舗装された一本の道が直線に延びていて、左右の海岸は、今にもくっ付きそうなくらいに根室海峡と野付湾が迫って来ている。 
その両海が広々と見渡せる10km以上の直線道路であるが、最先端部までの全長は28kmに及ぶという。
この細く突き出た半島を縦断する一本の道を、海に挟まれて走ることになるが、しかしこのわずかな幅で、両側の風景はずいぶん違った表情をしている。
右は野付湾と呼ばれ、左側の根室海峡の打ち寄せる波濤とは対照的に、静寂な水面を保っている。


半島の標高は、何所をとっても2mもないのでは・・?、 
野付半島は知床半島あたりから流出した砂礫か潮流に運ばれ半島に堆積してできた長大な砂嘴(さし:沿岸流によって運ばれた砂礫が湾口の一方の端から海中に細長く堆積して堤状をなすもの)でその規模は日本一の長さを誇るという。 
今もなおその姿を変えつつあって、近年は逆に、砂州からの砂の流出が激しくなり、野付半島自体が消失の危機となって問題化しているともいう。

この半島を縦断する道を別名「フラワーロード」といい、その名の通り先端部は広大な原生花園となって、北海の浜特有の花々が咲き競う。



中間地に「ナラワラ」という休息地があった。 

水面に浮島の様な青草の茂みが点々と在って、遠方、草原の向こうに「白骨化」した木々の群れがある、ナラの木で、主に「みずなら」の木が海水の浸透や塩風によって立ち枯れしたもので、これを「ナラワラ」と言うらしい。
荒涼たる風景であるが、どこか明るく不思議な世界でもある。

先へ進む、木造二階の自然観賞施設「野付半島ネイチャーセンター」がある、時間的にまだ閉館中だが、休憩を兼ねて、野付半島の自然や動植物について学べて体験できる施設である。

ネイチャーセンターのそばの遊歩道に入ると、両側に広がる原生花園を鑑賞しながら、野付湾の中程にあるトドワラに行くことができる。 
既に、最盛期を過ぎてしまった花園ではあるが、シーズンともなると白いハナウドや赤いハマナス、黄色のエゾカンゾウ、クロユリなどが咲き乱れるという。


この施設の裏側、湿地帯の遥かに、広大な原野が望まれる。 かげろうの様な枯れ木の林は「トドワラ」である。

トドワラもナラワラと同じように、海の侵食や塩害により立ち枯れた“トドマツ”の姿で、この辺りにはかつて立派なトドマツ樹林があったのだろうが、風化が進んでいるのだろう今は枯立木の姿が哀れを誘う。
ナラワラ、トドワラの「ワラ」とはアイヌ語で「墓場」の意味を指し、実際、「ミズナラ、トドマツの墓場」なのである。  

「白骨化した・・?トドワラ. ナラワラ」
トドワラとはトドマツの枯れ木群のことで、 ナラワラも同様でミズナラなどの樹木が立ち枯れたもの



野付半島の生成過程において、陸地では新緑のトドマツ林が成立していたのだろうが、海水面の上昇、または陸地の沈下によってミズナラ、トドマツは海水に侵され、現在のような枯れ木へと変化していったのだろう・・?、 
現在でもなお、海水による浸食は続いていて、僅かに残っているトドマツもやがて立ち枯れてしまう運命にあり、それも時間の問題ともいわれる。 
そしていずれ、ここは荒れ果てた何も無い原野になってしまうのだろうか・・?。

湿地原はサギなどの野鳥が多く、先端にはタンチョウの営巣地もあるらしい、又、アザラシの群棲地もあるらしい。 2005年11月8日第9回「ラムサール条約」において湿地登録されてる。



野付湾は、海洋性低層湿原、塩性湿地ともいわれる浅瀬が広大で非常によく発達しているという。 
そのため、比較的浅い地域にはアサリやホッキが生息し、潮干狩の好適地となっているが、何と言ってもこちらの名勝は、夏において三角帆の「エビ船」が点在するようになるという。 

野付湾内は浅瀬のため、全面に海藻が埴生することである。 
海藻は主に、アマモやオオアマモが繁殖、群生していて、ここに「北海シマエビ」という貴重な食材がが生息していることである。 そして、北海シマエビと聞いてピンと来る人は、かなりの食通であるともいわれる。

北海道のみ、それも道東エリアでだけ水揚げされるというこのエビは、6、7月頃ともなると道内のビアホールや居酒屋でビールのツマミとして絶大な人気を誇っていると。
中でも、踊り食いといって、器から飛び出してきそうな生きのいいのを一皮剥いて、わさび醤油で食すのが一番だとか、愛飲家(タバコはやりません・・)の小生にとっては涎(よだれ)が出てきそうな光景である。

北海シマエビが生息するのは水深2メートルの浅瀬で、エビは群生している海藻を産卵場所や住処(すみか)にしている。 
漁は6月~7月、10月~11月の年2回のみで、漁業者1人あたりの漁獲量や漁船トン数、乗組員数から、網目の大きさまで厳しい制約が設けられているという。 

漁法は、三角帆を張り風を受けて、ゆらりゆらりと漂うように「打瀬船」(うたせぶね)と言われる船で漁を行い、打瀬とは「小型底曳網漁法」の一種で、風と潮流を利用した漁法だとか。 
浅い海底で密集して生息しているアマモを、舟のスクリューで傷つけないために帆で潮風を受け、風を推進力としながら漁をする独特の漁法であるという。

野付の北海シマエビは「日本一旨い」といわれ、まさに自然の限定品であり、「北海道の秘味」でもあると。 
大ぶりのエビは縁起物としても珍重され、贈答品としても喜ばれているが、最近では資源量がぐっと減ってしまい、とても高価な食べ物になっているとか。

猟期になると一斉に打瀬船が野付湾に繰り出す様は、野付の風物詩にもなっていて、2004年10月に、この打瀬船の風光は「北海道遺産」に選定されたという。

湾内は四季をつうじて「ゴマフアザラシ」の生息地としても有名だとか。

次回は根室・「風連湖と春国岱」



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2010年4月19日月曜日

日本周遊紀行;温泉と観光(21)「濤沸湖、小清水花園」

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 日本周遊紀行;温泉と観光(21)「濤沸湖、小清水花園」  



「小清水花園」、左に知床、右に斜里岳が遠望できる


網走市街から東方の外れに網走港が広がっている、国道244号線はその網走港に沿って延びている。 流氷祭りの会場や流氷観測船「オーロラ号」の岸壁を遠目に見ながら、海岸伝いを行く。
途中、濤沸湖(とうふつこ)の北浜の「白鳥公園」へ寄ってみた。 むろん時期外れで白鳥・渡り鳥は来ていない。 
湖面は、微風を感じながら小波程度で、寂閑としている。

先年訪れた時は物凄い数のオオハクチョウをはじめ、多くの野鳥の群れにビックリ仰天したものであり、餌をやりながら大いに楽しんだのだ。 
濤沸湖はアイヌ語で「チカンプトウ」と呼ばれ、「鳥がいつもいる湖」という意味であり、こちらも汽水湖・海跡湖の一つである。 
やがて冬になると、厳寒のシベリアの冬を避け、毎年2,000羽のオオハクチョウが飛来し、この湖で羽を休める。 
名前の由来どおり四季を通じて数多くの野鳥が訪れるところである。12月までここで羽を休めた後、越冬地の宮城・新潟へ向けて飛び立っていき、また3月に濤沸湖に舞い戻り、やがてシベリアへ向けて飛び立つのは4月下旬から5月上旬だという。

ところで、野鳥を保護するための世界的組織があるという。 
IBA (Important Bird Area)といって「重要野鳥生息地」を意味する。 絶滅危惧種をはじめ、野鳥の生息に重要な地帯を保全する目的で、その場所を指定するための組織である。
IBAは、国際的野鳥保護組織(BirdLife International)による事業であり、世界各国の保護組織と連携しながら実施している。


IBA指定の基準は以下の通り。

● 世界的な絶滅危惧種の生息地
● 世界規模で生息地が限定している固有種の生息地
● 大規模な野鳥の生息地もしくは渡り鳥の中継地・越冬地、また世界的重要な森林など


無論、ラムサール条約(※)に登録されている湿地等の箇所は全て含まれ、その他にも山、川、島など絶滅危惧種と思われる野鳥を主体に、重要野鳥生息地を指定している。 
日本では、「日本野鳥の会」などが主体となって活動しているようであり、北海道ではラムサール条約指定地のほかに利尻、天売島、大雪山、日高連峰など31ヶ所が指定されている。

※「ラムサール条約」とは、湿原の保存に関する国際条約で、水鳥を食物連鎖の頂点としながら、湿地とその生態系を守る目的で制定されたもの。 
イランの首都テヘランの北、カスピ海の近くに「ラムサール」という町があり、1971年にこの地で制定されたことからその名が付いた。
日本語での正式名称は特に「水鳥の生息地としての重要な湿地」に関する条約である。 
因みに、北海道では当地・濤沸湖をはじめ釧路湿原、霧多布湿原、クッチャロ湖など12ヶ所となっている。

尚、この濤沸湖は、昭和32年に派遣された第1回南極観測探検隊の一行が、結氷を利用した予備訓練(耐寒訓練)を行なった地でもある。



その海跡湖である濤沸湖を形造った砂丘海岸の狭い地域沿いに国道は走っている。 
幅の狭い陸地のすぐ横を「釧網本線」(せんもうほんせん)も通っていて、間もなく砂丘の代表的景観である小清水の原生花園に来た。 
その名も「小清水原生花園」といい、やはり濤沸湖とオホーツク海に挟まれた細い区間に位置している。 

釧網本線・原生花園駅


細長い駐車場と細長い建屋があって、その中に土産店や軽飲食店がならんでいる。 
すぐ横の踏み切りを渡った処に小屋風の瀟洒な駅舎がある、駅名はその名も「原生花園駅」という。 
出入口に駅長さん用の制服・制帽が掛けてあった。 
何のことはないこの制服は観光客用のレンタル品(当然無料)で、これを着用して記念写真(マイカメラ)に応じてくれるとか。

丘の上の展望は雄大である。
散策路のうち一番高い展望広場・、とは言っても僅か数mにすぎないが、周囲になにもないので眺めが届く範囲はかなり広い。
濤沸湖のワイドな風景、オホーツク海に浮かぶ知床半島と羅臼連山、また斜里岳(1545m)の弧峰もよい、転じて能取岬は間近である。 
この小高い展望地を「天覧ケ丘」ともいう。

昭和29年に天皇陛下(昭和天皇)が立ち寄られ、その記念の歌碑が建てられている。この地の様子を翌年新春歌会で詠まれたものである。


  『 みつうみの おもにうつりて をくさはむ 
             牛のすかたの うこくともなし
 』 



オホーツク海で造られた砂丘は、幅が200m足らずだが東西20kmの長大さである。 
散策路の奥からは、砂浜の海岸へ出られ左右に海岸線が延びていて気持ちがいい。 
この帯状の起伏の面も、春になると北国特有の花園が展開する。 いまはハマナスの紅色が処々に季節を惜しんでのみである。 

尚、世界遺産・「知床」は、東日本・後編にて記載してます。
次回は、野付半島





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日本周遊紀行;温泉と観光(20) 「能取湖・網走湖」

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日本周遊紀行;温泉と観光(20) 「能取湖・網走湖」



オホーツクライン・国道238は、能取湖(のとろこ、のとりこ)を半周する。 

この湖もオホーツク海に通じる「海跡湖」の一つで、以前は海水流入部の湖口が季節的に開閉しておこる汽水湖であったが、1973年(昭和48年)に護岸工事が行われて湖口が固定され、周囲には大きな河川が流入していないことから、現在は完全な「海水の湖」となっているようである。 
従って、周囲31kmの能取湖はホタテやツブ貝、ホッキなどの宝庫であり、春から夏にかけては潮干狩りの名所にもなっている。

しかし、何といってもここの名物は「サンゴ草」であろう、季節柄、所々に湖面が紅色に染まっている。
秋の草紅葉(くさもみじ)にしては色が鮮やかで、濃すぎるのである。 


卯原内地区のサンゴ草群落

卯原内という園地に来た時、これが最大規模になっていた。 
ここは「紅い草」の名所らしく、人の出も大勢見受けられる。
中央部には見物用であろうか、歩道用の木製の桟橋らしいモノが湖の中央に向け延びている。


この紅い草を「サンゴ草」という。 

サンゴ草は塩分のある湿地に生え、高さは15センチくらいで、9月中旬から10月にかけサンゴのように赤く染まることから、この名がついているらしい。 丁度、今が真っ盛りといったところであろう。
正式名は「アッケシ草」というらしく、 そう・・、あの牡蠣で有名な厚岸で元々厚岸湖で発見されたことから、その名が付けられたらしいが、今ではこちらの能取湖のほうが、主役になったようであ。 

聞くところ、付近ではここ能取湖南岸がサンゴ草の群生としては最も多く、日本一の群落地として知られているという。
遥か沖合いまでの水辺に、真っ赤なじゅうたんを敷いたように広がる様子は、真に圧巻で印象的である。 



能取湖からすぐに網走市に入って「網走湖畔」に出た。

網走湖はサロマや能取湖とやや異った雰囲気が感じられるようで、周囲は山や森に囲まれて深く青味が濃い、北からの微風でややさざ波だっていた。
冬季は氷結してワカサギ釣りの名所になるらしい。

停年時、「上さん」と真冬の北海道を二週間に亘って周遊した時(1999年2月)、この網走を訪れている。 
網走湖は氷結していて、網走湖の出口付近にアザラシが昼寝しているのを見かけたことがあった。 
あの時、網走は「流氷まつり」の真っ最中であり、網走港湾での雪氷像などを見物した後「オーロラ号」で流氷観測ツアーにでかけたのであった。 
あの日、前日まで流氷は遥か沖合いにあって、流氷ツアーは無理であろうと言われていた、だが、前夜の北西の強い風にのって流氷は港の近くまでやって来ていたのである。 乗船に際して、お互いに「ヨカッタネ・・、」と言葉を交していた。
そしてその時、船員が流氷上に「アザラシ」が見られる公算は大きいよ、と聞かされ楽しみにしていたが、 しかし、残念ながら実際はその姿は無かったのである。 

その後、美幌峠から屈斜路、阿寒湖への途中、この網走湖で「アザラシ」を拝見したのであった。 
アザラシは5、6頭ほどいたのだろうか、時折、国道側に集まっている人間達を見るが、ちらっと見るだけで警戒している様子は全くない。 とは言っても見物しているのは数人で、多くは気が付かないで素通りしている。 寒いし、この時期、地元の人は珍しくもない風景なのであろうか・・?。
寝返りをうったり足の向きを変えたりして、とにかくノンビリしている、やはり、自然の姿はいい。

 
網走湖は能取湖とは違って、海岸より4~5km内陸に入ったところにあるが、それでも湖面標高は0mで、潮が満ちると下流部の網走川から海水が逆流する。 従って、網走湖のアザラシは海水と一緒に網走川を遡って湖まで到達したわけである。 しかも網走川はもろに網走市街を貫いているので、市街のド真中をアザラシが泳いで通っているというわけである。 
さすがに北海道ならでは、網走ならではの風景である。 
アザラシは大抵の場合、流氷と共にやってくるので、やはりシーズン限定なのであろう・・?。
この時期釣人は、ワカサギを釣りながら珍しい訪問客にも会えるかもしれないのである。


網走湖には「呼人半島」が湖面に大きく張り出している。
ミズバショウ群生地もある半島内は秘境を思わせ原生林が広がっていて、森林内には呼人探鳥遊歩道が整備されている。 
ウォーキングやバードウォッチングにはオススメで、キビタキ、アカゲラなどの野鳥を見かけることも多いという。 
又、この半島の対岸である湖畔から天都山山麓にかけて、余り知られてはいないようであるが、実は近年有力な温泉が湧出し、ホテルや旅館が点在する温泉街を形成している。 
前近年、我等も「網走湖荘」に宿泊したことがあるが、当ホテルが、1981年(昭和56年)9月に800m深度でボーリングを実施して源泉を開発して開湯したという。 
他の温泉と比べても比較的歴史が浅いが、いずれも大自然の中にスッポリ納まって雰囲気をなしている宿屋が多い。 
泉質は、ナトリウム温泉、鉄分温泉で、効能は神経痛、筋肉痛、リウマチなど、道東の旅の疲れを癒してくれる。

尚、湖尻の女満別方面は広大な湿地が広がっていて、ハンノキやミズバショウの群落が広がり、「女満別湿性植物群落」として国指定の天然記念物となっている。 
周辺の林にはタンチョウ、アオサギの営巣地もあり、野鳥の楽園にもなっているちか。


次回は「濤沸湖、小清水花園」



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