google.com, pub-6886053222946157, DIRECT, f08c47fec0942fa0 各県の主要な温泉地や観光地を、気ままに巡ってます。

2012年2月21日火曜日

日本周遊紀行(206) 越前 「越前地方」(2)

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「旅のなかで生きる喜びを感じ、創造への意欲をかりたてる」  

 日本周遊紀行(206) 越前 「越前地方」(2)  .




越前かにミュージアム
越前町厨地区:甲羅に似た「越前がにミュージアム」


この先、その越前海岸を行くことにする。
早速、険しい海岸線のR305を行くことになる。 
間もなく「白竜の滝」という園地が在って、そこから一筋の滝が流れていて涼味を誘う。 

山中ならば何処にでも在りそうな、何の変哲も無い小滝であるが、海岸にいきなり流れ落ちているのは普通でない。 
道路も園地もない以前の自然のままであったら、いきなり日本海に落ちていたのかもしれない。 

又、この公園の南には、大正末期に舞鶴へ向かう途中、この沿岸付近で座礁・破船した軍艦の遭難園地があり、園内には墓銘碑も建っていた。 
大正13年12月12日、舞鶴港へ向かう特務艦・「関東」(民間から転用された軍需用の給油艦)が激しい吹雪に見舞われ、河野村糠地区の沿岸で座礁破船した。
事故の報せを受けた河野村民は、自らの危険も顧みず献身的な救助活動を繰り広げたというが、97名の尊い命が奪われた。



山肌の急斜面を無理やり切り取ったような海岸線に道路を付け、所々に道路に沿って人家があり、鄙びた漁村も点在している。 
傍目(はため)では、長閑な雰囲気の海辺の田舎の風景であろうが、われわれ都会人・・?から見ると実際の生活は大変だろうな、と変に勘ぐってしまうのである。 
しかし現地の生活者に言わせれば、余計なお世話と叱られるかもしれない。 
それにしても、厳冬期に日本海の季節風を的もに受け、実感としては厳しい地域風景を想像するのである。


河野村は、2005年1月南条町、今庄町が合併、「南越前町」として誕生している。
そして、「此れより越前町」の標識があった。 
その千飯崎海岸近くにも集落と小さな漁港があり数艘のイカ釣り船が待機している。 
この近辺も、海水面付近の波の侵食作用によるのだろう、海上には無数の奇岩、怪岩や海食洞などが形成されていて、見る者を圧倒させる。

久しく賑やかな港へ出た、越前町の港である、湊である・・?、 


「ミナト」のことである、
昔はミナトを「湊」と書き、今は「港」と書くらしい・・? 、
漢字源から察すると湊は陸の部分を指し、港は水の部分を指すらしい。 
船が越前の港に入り、越前の湊に着く、とするのが正しいようである。
今、日本語が乱れていると言われるが、このぐらいの事はどうでもいいか・・?。


貴重な平地(殆どが人工的に造作した)に細長く人家が立ち並び、やはり陸地にへばり付くように湊が展開している。 
ここは言わずと知れた「越前カニ」の最先端の基地である、カニの看板を付けた漁業関係の店や民宿風の宿屋が目立つ。  

日本海の冬の味覚、ズワイガニ漁は11月頃から冬場にかけて最盛期をむかえる。 
解禁と同時に海が荒れなければ、日本海に繰り出していた漁船が底引き網を投下し、網を引いて海底にいるカニを捕る。 
福井県内の漁船は夕方には港に帰り、水揚げされたカニは早々に競りに掛けられる。


一般には「ズワイガニ」と呼び、福井県では越前ガニ、山陰地方にいくと松葉ガニと呼ぶらしい。 
ズワイガニは雄カニの名称で、雌ガニはセイコガニと呼ぶらしい。 これは初耳であった。 雌のセイコは背(背中)に子(卵)をもっていることから「セイコ」と呼び名が付いたという。 
他に山陰地方ではセコガニ、石川、富山県ではコウバガニ、丹後地方などではコッペガニとも呼んでいるという。


ズワイガニは日本海、北方海域に広く生息していて、日本海では水深200メートルから500メートルの範囲に生息し、カニを賞味する日本人の嗜好が、ズワイガニを冬の味覚の代表とした。 

一時は取りすぎで、カニ資源が枯渇するのでは、という懸念があったが、最近では沿岸自治体、漁港関係者等の努力で資源保護の成果も挙げてきているという。

最近、某水産メーカーが「ベニズワイガニ」を「ズワイガニ」として商品表示したとして、公正取引委員会から排除命令を出された事件があった。

ズワイガニ(本ズワイ)は、「松葉ガニ」、「越前ガニ」などの地域ブランドで知られる高級品として扱われている。 
それに対し、ベニズワイガニは同じズワイガニ属の近縁種であるが、若干水っぽい肉質・鮮度落ちが早いなどで、加工用として用いる場合が多いという。 
価格もズワイガニの1/5以下の値段で取引されているようである。

越前ガニで名高い越前町厨海岸(くりやかいがん)には、国内にただ一つ、越前がにの生態を学べる「越前がにミュージアム」がある。 


次回、「越前の渡来人」



祝い・・!!  平泉地方が世界文化遺産に決定。(2011年6月)
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2012年2月18日土曜日

日本周遊紀行(205) 敦賀 「原子力発電」

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旅の諺  「東へ行った、西にも行った、やはり、わが家が一番だった」


日本周遊紀行(205) 敦賀 「原子力発電」 .



敦賀へ来たら、もう一言書かねばなるまい、原発のことである。

敦賀原発街道とも言われ、敦賀一帯は原発が多いところである。 
敦賀原発、美浜原発、他・・、そして、高速増殖炉の『もんじゅ』と軒並み話題の多いところでもある。 

そして、「もんじゅ」は原子炉設備の疲労破壊で金属ナトリウム漏れが発生し、運転停止してからもう10年以上になるがまだ動かない・・!。
 


ここで高速増殖炉と「もんじゅ」について・・、

原子力発電の原料とされるウランには、燃え易いウラン235(0.72 %)と燃えないウラン238(99.28 %)がある。 
通常、ウラン235は容易に核分裂反応を起こすため、原子力発電に用いられている。

ところが、燃えないウラン238にも使い道があって、中性子を吸収することにより新しい燃料のプルトニウム239に変わる性質をもっている。

この性質をうまく利用し、消費した以上の燃料を作り出すのが増殖炉といわれる。 
即ち、プルトニウム239に効率よく変換することで、燃料を生み出すことができるという。 これを「増殖」といい、増殖によりウラン資源を有効利用できるとされる。

中性子の中に、エネルギー値の高い「高速中性子」というのがあり、これを利用してプルトニウムを更に「増殖」させることから、この原子炉を「高速増殖炉」と呼んでいる。 

燃やした燃料よりも多くのプルトニウムが炉内で生成され、つまり発電しながら燃料が増えてゆくわけである。 
この高速増殖炉を使うことによってウラン資源の利用効率が100倍以上と飛躍的に向上するともいわれる。

ウランを輸入に頼っている日本にとっては貴重な「国産燃料」が獲得でき、将来のエネルギー政策の本命と位置づけられている。 
現在、敦賀市で試運転中の『もんじゅ』と云われる原子炉がそれである。(現在は休止)


しかし、それには単純ではない問題がある・・!、
普通の原子炉(軽水炉)に比べて非常に危険で技術的にも難しく、費用も高くつくとされている。 
特に、冷却材として金属ナトリウムが使用されている。 

これは熱伝導率が良く、高速の中性子を減速させない特性があり、現在のところこの冷却材が最適とされている。 
だが、ナトリウムは水と激しく反応し、発火性が高い欠点をもっている。 
実験・開発中の増殖炉型原子炉では事故や故障が相次ぎ、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなど、先進諸国もすべて開発を諦めたという。


ウランを燃やす過程で、燃料のプルトニウムが生成され増殖する高速増殖炉・・!、
即ち『もんじゅ』は、水と激しく反応する「ナトリウム」を冷却材に使用している。 
この原子炉は今だ研究開発の段階であるが平成3年4月、敦賀市に完成し、同6年4月に初臨界(原子炉内において核分裂連鎖反応が一定の割合で継続するようになること)を迎えた。 

しかし、この炉は平成7年12月8日、試験運転中に冷却管の温度計のサヤが折れて約640kgのナトリウムが漏れ、火災が発生するという事故を発生させた。 
この時、開発事業団の事故隠しや対応の遅れなど不透明性さが社会的批判を浴び、そのため現在は操業中止になっている。 


因みに『もんじゅ』の命名は、仏教の文殊菩薩に由来する。 文殊菩薩は「知恵の菩薩」とされる仏さんであり、高速増殖炉は高度な知恵が必要とされることから命名されたのであろうか・・?。


ところで、国内初となる原子の火が点ったのは半世紀前の1957年で、茨城県東海村に日本原子力研究所東海研究所の第1号原子炉において臨界に達してた。 
その後、石油危機を経て、電力供給の安定が求められ、原子力発電所の建設が相次ぎ、現在は全国で50基以上の発電用原子炉が運転しているという。 

その原発による電力量は日本の電力の約3分の1を占め、火力発電に次ぐエネルギー源となっている。 
その中にあって、特に、福井県若狭湾に面した一帯は、原発関係の設備が集中立地して原発銀座と言われるほど多く、関西電力の電力構成に占める原子力発電の割合が他社よりも高くなっているという。 

現在、敦賀に二基(二基増設計画)美浜町に三基、大飯町・高浜町に各四基の計13基、営業稼動中であるという。 
その中に高速増殖炉・『文殊・もんじゅ』は、敦賀市の敦賀半島北端部に位置する、日本原子力研究開発機構の原子力発電所内にある。


次回は、「越前海岸」



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01. 15.

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