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2011年8月15日月曜日

日本周遊紀行(159) 指宿 「孫」

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 日本周遊紀行(159) 指宿 「孫」  ,




桜島フェリー




「なんでこんなに 可愛いのかよ 孫という名の 宝もの・・」
  、

桜島を満喫した後、その国道224号の所謂、袴腰-赤水の「溶岩直線道路」を通り、鹿児島へ渡るためにフェリー乗り場へ向かう。 
その前に港の前にある「道の駅・桜島」へ小用で寄った。 

赤い四角錐の屋根が印象的な駅であり、意外と人が多いのに驚いた。
例によって、「フレッシュ」が合い言葉の農産品、農産加工品などが地元産が並んでいるが、中でも目に入ったのが、特産の「桜島小ミカン」や「桜島大根」などであった。 

上さんが(妻)、気を利かして1袋購入し、早速、手にしたところ実に小さい、皮をむくと1口で食べられるほどである。
そして、この甘さが抜群であった。 

孫たちも
「ジージ、このみかん可愛くて、甘い・・!」と、
「そうだよ、お前たちと一緒だよ」
「・・? 」


桜島小ミカンは、ギネスブックにも登録されるほど世界一小さなミカンで、更に「世界一甘いミカン」だと地元の人は云っている。

意外と歴史も古く、島津義弘が文禄・慶長の役の際に朝鮮半島から持ち帰ったと言われている。 
更に驚きは、こちらは世界最大といわれる桜島大根が、やはりギネスに登録されているという。 

この小さな島の一角に、世界一の物産が二個並んでいるのも稀有であろう。



桟橋へ向かう・・、
すぐ前は既に鹿児島の市街、ビル群が迫っている。 
高速道の料金所よろしく、車に全員が乗ったまま代金を払って、そのまま待機しているフェリーに乗り込む。
4階構造の華やかなフェリーで1階が大型車、2階が普通車で3,4階が一般乗客である。 

航行時間わずか13分と非常に短い航路だが24時間運行を行っており、一日88便も運行されている。 
日中は10分間隔で発着を繰り返しており、恐らく日本で最も便数の多い航路ではないだろうか。 
僅か10分少々の乗船時間であるが、船内にはコーヒースタンドや立ち食いソバなどの設備も整っていて飲んで、食っている最中(さなか)に着いてしまう。

出航後間もなく鹿児島からのフェリーとすれ違う、孫たちも大はしゃぎで元気一杯である。
そんな、こんなもしない内に鹿児島埠頭に着いてしまった。

下りてすぐ水族館があって、早速、孫どもが「ねえー、水族館連れてって・・」と強請る(ねだる)。
時間の関係上、どうしても無理なことを説得するのに一苦労である。 

日本西南の大都市・鹿児島の市内見物することもなく、(小生は既に済んでいるが・・、)鹿児島中央駅前から一寸、長目の「武岡トンネル」を抜け、九州道の鹿児島I・Cへ飛び乗った。 
行き先は「指宿スカイライン」から、今夜の泊まり宿・指宿である。 



今日、朝早くから慌しい一日であったろう、車中、孫どもは疲れきって、三人ともすっかり寝込んでしまった。 
上の女の子は小生の膝枕で、気持ち良さそうに寝息を立てている。
可愛い孫たちである・!!。


小生宅は子供三人、女、男、女であり、周囲の身内、親戚、友人の子供たちも、皆、偶然ではあろうが子供三人で女男女の順番も同じである。
おまけに、車中の娘の子(孫)も同様なのである。 

自分の子供達は飼育・・?に夢中であって「可愛さ」というのは余り実感が無かったようだが、 実際、大泉逸郎の「孫」という唄ではないが歌詞に「何でこんなに可愛いのかよ、孫という名の宝物」・・と本当に可愛いのである。


毎週末にやって来ては「ばばちゃん」、「じーじ」と纏わり付いてくる。 そのうち、おもちゃ箱へ行って、引っ掻き回し、部屋中にカッ散らかして悪さを始める・・!。
「コラッ・・」と怒鳴っても「イー・・」といって逃げてしまう。 

親娘は、そんな孫たちには素知らぬ振りでテレビに夢中なのであり、爺・婆の家だから出来るのである。 
たまには孫と一緒と遊び、動き回るときもあるが、あのハイテンションの声と動きには付いてゆけず、しまいには疲れてしまうのである。 

婿(娘の旦那)も来て夕食をともにした後、間断なく吹き荒れた豆台風が、勝ち誇ったように意気揚揚と引き上げる。
後は、残された爺・婆は、しばし放心状態に陥るのでのである。 

外孫であるが・・、外であれ内であれ、孫の可愛さには変わりがない。
外孫であるだけに日々の成長がわかって嬉しいものである。 
尤も、内孫も近所にいるのだが、未だ、小さくて実感が無いが、その内、暴れだすのであろう・・!。

今は、車中でジックリ休眠とっているが、その後、ホテルへ着いたら、珍しさもあって一暴れ、二暴れするのだろう。
その時は大いに付き合ってやろうじゃないか・・!。

上さんの実母である義母も、80歳を過ぎたとはいえ未だゲートボール、カラオケにと元気に暮らしている。 
長旅の疲れもあり、車には弱いはずであるが、今のところ、それらしい気配はなくホッとしている。


指宿スカイラインは九州道に直結した日本列島の最も南にある豪快なロードであり、薩摩半島の尾根を左右に分けて東には錦江湾が見える観光道路である。 
道路は次第に高度をあげ、左側には錦江湾と桜島から立ち上る煙が見え、右側には広々とした尾根が広がっている。
山の頂上を走っているのに景色を遮る木がほとんどないのでロケーションは抜群である。

知覧インター付近には雄大なお茶畑が広がっている。
ここからは小生が先日通った道程であるが、運転はしてないので快適さを満喫できる。 

知覧インターを過ぎると今度は道は下り坂になる。スカイラインの終点には、あの池田湖であるが観光は明日に行うとして、このまま指宿市内へ向かう。

先日と同じルートから市郊外のR226を南下して、南端部・指宿枕崎鉄道が交差する辺り、派手に立ち上がっている「指宿フェニックスホテル」に到着した。 
白亜の建物で、南国ムードいっぱいの庭園に囲まれた風光明媚な高台に建つ。 
広大な敷地の庭園も見ごたえあるし、錦江湾を眼下に右手には山川港、遠くには本土最南端佐多岬まで遠望できる圧巻のロケーションである。 

ホテルは、掛け流しの温泉は勿論であるが、洞窟風の露天風呂や中でも指宿名物の「砂むし温泉」も完備していた。

着後、一眠りして元気づいた孫達が、早速、暴れだした・・!! 。


『孫』 曲・唄 大泉逸郎

なんでこんなに 可愛いのかよ
孫という名の 宝もの
じいちゃんあんたに そっくりだよと
人に言われりゃ 嬉しくなって
下がる目じりが 下がる目じりが えびす顔

もみじみたいな 小さな手でも
いまにつかむよ 幸せを
仕事いちずで 果たせなかった
親の役割 代りの孫に
今は返して 今は返して いるところ

引き続き、「指宿温泉」




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2011年8月10日水曜日

日本周遊紀行(158) 桜島 「火山島・桜島」(2)

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日本周遊紀行(158) 桜島 「火山島・桜島」(2)  、



桜島・大噴火・・!!  、



桜島噴火
写真:大正年間の大噴火の様子(家並みは鹿児島)

埋没鳥居
黒神地区、黒神神社の埋没鳥居(以上2点、資料提供鹿児島市)



島名の由来は、ニニギの嫁さんの木花咲耶姫を祭る神社があり、咲耶島(さくやしま)か転じて桜島となった・・? 、

桜島火山は、姶良(あいら)カルデラという南部に生じた成層火山で北岳、中岳、南岳の三峰と権現山、鍋山、引ノ平という側火山からなり、人口が密集する鹿児島市の市街地に近接している。 

有史後の山頂噴火は南岳に限られるが、山腹や付近の海底からも噴火はしているという。 
江戸中期そして大正、昭和等の各年間に発生した大噴火はすべて山腹噴火であり、多量の溶岩を流出し、火砕流や泥流の発生もあった。 


桜島は東西10km、南北8km、周囲40km の島であったが、1914 年(大正3 年)の大噴火で山腹から流出した溶岩により大隅半島と陸続きになった。 

南岳山頂火口は、1955 年10 月の爆発以来今日まで長期間にわたって活発な噴火活動を続けており、噴出物(火山ガス・火山灰・火山礫・噴石など)や爆発時の空振、また、二次災害としての土石流などにより各方面に被害を及ぼしているという。

南岳山頂火口から2km 以内は、現在も立ち入り禁止となっていて、平成の現代になっても尚、活動は活発といわれる。 

平成12 の爆発では火山灰、噴石が噴出する被害を出し、年間の爆発回数も169 回にも及び、鹿児島市周辺でも直径2 ~ 3mm の火山礫も飛散したという。 
尚、平成14年以降は比較的静穏が続いているという。



この激しくも恐ろしい火の山に、どうして、優雅な「桜島」という名がついたのだろう・・?。

島名の由来については、島内に木花咲耶姫命と夫:瓊瓊杵尊(コノハナサクヤヒメ、ニニギノミコト)を祭る神社が鎮座していて、当初は、島の名を祭神に因んで咲耶島(さくやしま)と呼んでいたが、いつしか転訛して桜島となったとする説がある。

一方、10世紀中頃、大隅守として京都から赴任してきた「桜島忠信」の名前からとったという説の二つが有るという。



桜島は時に、雨が激しいときには大隅半島(垂水方面)から桜島へと渡る国道が閉鎖され、又、常に噴火する可能性があるので、飛来する(かもしれない)噴石避けのための「避難壕」が島内の各所に設置されている。 
そして定期的に、人口4,700人の桜島町では、噴火を想定した島からの避難訓練が行われているらしい。 

尚、国立公園は何処もそうであるが、桜島の溶岩類は許可がなければ持ち出しはできない。



大正3年(1914年)の大噴火について・・、
未だお屠蘇気分覚めやらぬ正月12日の午前10時、桜島南岳が轟然として噴火を始め、鹿児島市内にも大量の降灰が始まった。 

噴火は次第に熾烈になり、桜島全島が黒煙、白煙に包まれ、更に、上下動の激しい地震が発生、鹿児島市内では家屋や石塀が倒壊したという。 
更に、噴火は拡大し、夜になって爆発音は更に激烈になってきて人々は混乱し、逃げ惑ったとされている。 

そして、この噴火で流出した溶岩は、それまで錦江湾に浮かぶ文字通り島だった桜島と大隅半島の間の幅400m、深さ72mの海峡を埋め尽くし、半島と桜島は陸続きとなったという。 

今も、東部・黒神地区の神社の鳥居は、上部を残す埋没した姿で痕跡を残し、そのすさまじい降灰の量を端的に物語っている。 

この時の噴煙は上空8,000mに達し、遠くカムチャッカ半島にまで灰を降らせたといわれる。当時の様子を誌書には「その状況は筆舌に尽くし能わざる・・、犠牲者は死者35人、行方不明23人・・、」と記されている。


次回は、「孫」




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01. 15.

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