2014年6月13日金曜日

25、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社と普陀山の補陀落とは」







  25、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社と普陀山の補陀落とは」  





http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8b/20090606_Putuoshan_8807.jpg/1024px-20090606_Putuoshan_8807.jpg
中国・普陀山の海辺の洞窟


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/99/Taizita.jpg
普陀山多宝塔





中国・普陀山の島には南海観音の巨大な像があり、これは新し1997年に作られました
。この台から南方の海を見渡す風景は絶景です。

そもそも普陀山が観音の聖地と見なされるに至ったのは、日本人僧の慧鍔が唐代に観音像を日本に将来しようとして、その観音像がここから動かなくなったため、奉じて観音の庵を作ったことが発端となっているとのことです。

ここは日本のお寺が協力して建てたようで、日本の各地の観音菩薩の模像が数多く安置されています。



お坊さんの数も多く、仏教学院が島内にもあります。
しかし、なんといっても圧倒的だったのは信徒の姿で、数も多く、また非常に真摯に祈る姿が印象的です。
観光が普遍的になる中、中国全土からお客が訪れる地となっているようで、仏教と観光と、ともに力強く復興している様子が強く感じられます。


当地が観音霊場となった由来は、後述の「普済禅寺」の項にも記述される通り、916年、中国への渡来僧である慧萼(えがく)が、中国留学を終えて日本に帰国しようとした際、日本に招来しようとした観音菩薩が当地で
日本に渡ること拒んだ(=不肯去)、という故事にちなんでいる。

よって、その観音菩薩は「不肯去観音」と称されており、そのお堂は「不肯去観音院」と呼ばれる。
以後、この舟山群島中の普陀山は、観音菩薩の浄土である補陀落に擬せられ、人々の信仰を集める中国有数の霊場となり、「普陀山」という名称の由来も浄土を意味する補陀落からきています。


次回、「厳島神社;普陀山と平清盛の関係」







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2014年6月12日木曜日

24、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社と中国の観音信仰」 







  24、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社と中国の観音信仰」  




http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/27/28/70/lrg_27287074.jpg?20121121220622
宮島の観音院・大聖院山門



 http://menamomi.net/miyazima/daisei4.jpg
宮島の観音霊場・大聖院





普陀山(観音菩薩) 中国の浙江省北東部,舟山島の港から入ると、すぐに山門があります。すでに熱心な信徒の団体を多く見かけました。それも1つ2つではありません。また、普陀山全体は驚くほどきれいです。 中国はどこの都市もゴミ汚れていますが、さすがに普陀山では少なく訪れる人は信徒が多く、観音の霊場を汚すことに気をつかっているためだとされています。

普陀山には奇岩が数多くありますが、特に有名なものがこの「磐陀石」です。観音菩薩が説法する場とも言われてますが、微妙なバランスで岩が載っています。
手で押したら崩れそうなほどです。
むろん危険なので、人はこの岩の上には乗ってはいけないことになっています。

心字石、巨大な「心」の字が書かれた岩です。縦5メートル X 横7メートルの心という字は、どのような由来で、誰が書いたのかはよく分かっていません。
普陀山の中心的な寺院となるのが、この普済寺です。続に「前寺」とも呼ばれ、観音信仰の中心地です。 
前身は、そもそもここが観音菩薩の聖地となった由来のある不肯去観音院です。

明や清の時代に何度も増築されたが、むろん文革による破壊を経て、1980年代に改装が行われています。
観音菩薩を祭る本殿は、円通宝殿と呼ばれます。 この本殿の前に天王殿があり、その前は門と大きな池があります。門の外はお線香や紙銭や法具を売るお店でひしめいています。
ここから島の北に向かい、ロープウェイで仏頂山に登ることになります。

仏頂山の上には慧済寺があります。
ここでは熱心な信徒の姿を多く見かけました。寺までは千余段の階段があるのですが、それを「三歩一拝」しなていく人もいます。 口に観音の称号を唱えながら、たいへん熱心な様子でした。
こういった信徒も、1人や2人ではありません。


次回、「厳島神社と普陀山の補陀落とは」










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2014年6月11日水曜日

23、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と中国の普陀山」 







  23、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と中国の普陀山」  






http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/16/20090606_Putuoshan_8818.jpg/800px-20090606_Putuoshan_8818.jpg
中国の普陀山の寺院



 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1d/20090606_Putuoshan_8786.jpg/398px-20090606_Putuoshan_8786.jpg






中国・浙江省の普陀山(観音菩薩)

中国の浙江省北東部,舟山島の東部海上にある小島で普陀県に所属する。
五代の後梁の貞明2年(916),日本僧の恵鍔(えがく)が五台山より帰国の途中,ここに観音像をまつり,寺を建ててから人々の信仰を集め,観音の霊場として中国仏教徒の四大名山の一つとなったとされます。
前後2山の仏寺群からなり,前山は普済寺,後山は法雨寺が中心で,遊覧避暑地としても有名である

中国仏教の聖地は、四ヶ所あり、四大仏山とも称されます。 これは、文殊・普賢・地蔵・観音の四大菩薩がそれぞれ住むと信じられているところです。
即ち、山西省の五台山(文殊菩薩)、四川省の峨眉山(普賢菩薩)、安徽省の九華山(地蔵菩薩)それに浙江省の普陀山(観音菩薩)のことです。

これら諸山の文化的背景や歴史はそれぞれ異なりますが、現在では仏教信仰の中心であり、また多くの観光客が訪れる地ともなっています。 
ここで、浙江省の普陀山を一寸詳しく紹介します。
先ず普陀山、と聞くと山岳地帯と思ってしまうかもしれませんが、実際には島を指します。 浙江の舟山群島には様々な大小の島嶼がありますが、その中に普陀山があります。つまりは南海に浮かぶ島です。
これはすなわち、伝承では観音菩薩が南海の島にいると考えられていることによるものです。
その名称は、「ポータラカ」=「普陀落迦」という音写語からきています。
面積はだいたい12平方キロメートル、大きな島ではありません。


普陀山は現在では普済寺・法雨寺・慧済寺(仏頂山寺)等を中心に、大小の寺院と多くの観音菩薩にまつわる遺跡が存在しています。 僧侶の数も多く、盛んに法要が営まれています。 また全国から観音菩薩を拝する人が訪れ、観光地としても有数の地区になっています。
普陀山へは、上海からフェリーで行く方法もありますが、高速道路で「寧波」(にんほー) へ、その後舟に乗って舟山市へ、さらに沈家門という港から快速艇に乗り、普陀山へ向かいます。



次回、「厳島神社と中国の観音信仰」






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2014年6月10日火曜日

22、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社と海上神殿」







  22、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社と海上神殿」  












なぜ、これほどまでの海上神殿を造ったのでしょうか・・」?

長野県・定勝寺には、厳島と普陀山を結びつけるてががりが残っています。
鎌倉時代のものとされる掛け軸、そこに描かれていたのは普陀山の絵でした。
普陀山の信仰が、日本にも伝わっていたのです。
そこに書かれている潮音堂には、洞窟の中で海の上に建つ観音様が書かれています。
この潮音堂が、厳島神社の原点だというのです。

確かに普陀山には潮音堂があり、観音様が修業をしたと言われています。
仏教では、修業の際周りの音が重要で、観音様は海の音によって心を落ち着かせ、悟りに至ったのだそうです。
海と観音は、古来より深く結びついていたのです。

そして、清盛が築いた海上神殿、それは、海に建つ観音そのものに思えるというのです。
その社殿は、波の音が聞こえる海の上になければなりませんでした。
選択肢はなかったのです。

記録によれば、清盛は厳島神社で大法要を行っています。
僧の人数は南北の回廊に各500人。
回廊には1万を超える松明が焚かれ、僧千人による読経が海に鳴り響きました。
清盛が催したこの千僧供養は海上神殿・厳島神社を人々に深く印象付けました。



次回、「厳島神社中国の普陀山」










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2014年6月9日月曜日

21、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社は中国にモデル」








  21、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社は中国にモデル」  




http://www.miyajima-wch.jp/common/img/itsukushima/jinjya02.jpg



http://livedoor.blogimg.jp/tabinozasshi/imgs/4/0/402e88cb.JPG





 厳島神社は中国にモデルがあった・・!

中国南部にある普陀山。これをモデルにして厳島神社を造ったというのです。
その根拠はどこにあるのでしょうか?

揚子江の河口にある小さな島、普陀山。
中国の人は、普陀山によくお参りにいくそうです。
普陀山には大きな観音様がたっています。中国仏教で最も知られている観音の聖地でした。分け隔てなく人々の祈りに応えてくれる観音信仰は、10世紀ごろから中国に広く浸透していました。

この普陀山が厳島神社のモデル?!
その証拠は厳島神社の中にあります。
清盛は神社を建てたのに、仏教の聖地をモデルにしたの?
この質問こそ、厳島神社の謎を解く最大のポイントです。
本堂の真後ろ、”不明門”(あかずのもん)を見ると・・・
清盛が壮大な夢を仮託した観音様が安置・奉納されていたというのです。
が、今は別の場所に奉納・・・この観音像は、厳島の中腹にある大聖院というお寺に安置されています。
大聖院は、平安時代に創建された厳島で最も古いお寺です。
そこに、十一面観音がありました。奈良時代のものと伝えられています。
清盛の時代は、神と仏が混合する神仏習合の時代だったのです。

どうして、観音様を信仰していたのでしょうか?
観音様は「抜苦与楽」( バックヨラクとは、仏や菩薩が衆生の苦しみを抜いて福楽を与えることをいう)、つまり清盛の時代は混乱の時代、この思いを込めて祈っていたのではないでしょうか。

明治の初め、廃仏毀釈・神仏分離令によって神社から仏教的なものが分けられたので、ここ宮島も神の島でもあり、実は仏の島でもあったのです。

清盛の観音信仰は「平家納経」にも表れています。一門が、自らの祈りを込めて写経したものです。
その冒頭には、清盛自身が記した「願文」があります。
そこには・・・
「当社は観世音菩薩の化身なり。」とあります。
つまり、清盛が厳島神社を建てた理由は、観音への信仰だと思われます。
観音信仰が、厳島神社と普陀山を結びつけているというのです。



次回、  「厳島神社と海上神殿」







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2014年6月8日日曜日

20 世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社の地形的背景」






  20 世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社の地形的背景」  



 http://www.amagaeru.com/go/jigsaw/jig/lineup_img/e/3000/21_511.jpg


http://wallpaper.free-photograph.net/mid/yun_3935.jpg




 厳島神社はもともと陸地だった・・!

現在は海上に立つ厳島神社であるが、元々は陸地だった場所を清盛が掘って神殿を造ったという説があり、その根拠としては厳島を襲う土石流の実態だとも言われています。
厳島では200年に一度の割合で、弥山の山から神社を埋め尽くすほどの土石流が発生していて、近年ではあの枕崎台風でした。
1945年の枕崎台風から遡ること江戸時代中期の1739年、さらに室町時代の1541年にも土石流が発生しています。

つまり、200年に一度ずつ土石流が起こり、その都度厳島神社の海のところが埋まって陸地になってしまったとされます。
地質の脆い厳島では、清盛の時代の前から土石流が起こり陸地が形成されていたようです。
そうなると、現在は海であったところが本来は陸地であったと考えるのが自然だというのです。

ところが、今度は元々陸地だったところを人工的に掘って海を開き、その上に新しく社殿を造ったというふうに考えられるのです。
では、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか?
清盛は広大な土地を掘り、海の水を引き入れて、社殿を築いたというのです。

平安時代にこのような土木工事は可能だったのでしょうか?
鋤・鍬・固い樫の木の先には金具がついています。
当時の技術から、お寺や神社が造られているので、人海戦術を使えば可能だったと思われます。

厳島の100年前に建立された京都宇治の平等院、大きな池がありますが、極楽浄土を再現しようと人工的に作られた池なのです。
考古学や建築学から考えて、この時代に清盛が人工的に海を作り海上神殿を造ることは、可能だったと考えられます。

大胆な発想と、緻密な研鑽で清盛が造った海上神殿は、全ては海の上に建つことを前提に造られています。
平舞台や回廊は、優雅さだけではなく、本殿を高波から守ってくれます。
元々あった神社、創建から550年後、現在の海上神殿に改築したのが平清盛であり、彼は平家の氏神として厳島神社を篤く敬い幾度となく参詣に訪れました。










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01. 15.

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