2010年2月8日月曜日

日本周遊紀行(57)常呂 「カーリングと遺跡とホタテ」

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日本周遊紀行(57)常呂 「カーリングと遺跡とホタテ」



ホタテと遺跡とカーリングの町・・

広大な「サロマ湖」の東に面して位置するのが「常呂町」(ところちょう)である。

常呂町は、冬季オリンピックの「カーリング」ですっかり全国的に有名になったが、遺跡の宝庫でもある。 又、サロマ湖東岸を中心とした「ホタテ」の水揚げでも全国屈指の地であるそうだ。

「常呂」はホタテと遺跡とカーリングの町です」と町民は誇らしく云うらしい。




又々、遺跡のことであるが・・、

常呂町には常呂川やライトコロ川水系を中心として、町内のほぼ全域に遺跡が広がるという。 
現在のところ、発見された遺跡は128箇所と言われ、町内全体の竪穴住居の数は何と約1万軒、世界一に匹敵するのでは・・といわれる「遺跡の町」である。

中でも国の史跡でもある「常呂遺跡(栄浦第二遺跡)」からは、日本最大である2500軒もの竪穴住居が見つかっているという。 
現在の常呂町の人口が凡そ5000人であるから、縄文期にはそれをはるかに凌ぐ人々が住んでいたことになる、これは驚くべきことである。

常呂町の遺跡の特徴は、日本人類創世といわれる約2万年前の旧石器時代から始まって、縄文、続縄文、擦文とオホーツク文化、アイヌ文化と、あらゆる時代のものがソックリそのまま揃っているという。 

北海道の有史以来の人類の歴史が詰まっているのである。 

しかも常呂川河口遺跡では16に分かれた地層から発見されているため、造られた遺物の変化が時代の変遷に合わせた如くはっきりと判るという。
常呂の遺跡からは、人類継承の文化と文化のつなぎ目を知るうえでの貴重な資料が数多く発見されているといわれる。

町名の由来は、アイヌ語の「トー・コロ」(沼のある所)と言うとおり、水域に縁のあるところである。

常呂の地域はサロマ、能取湖のほぼ淡水の食域と、オホーツク海の流氷を含めた海の食域、そして、黙っていてもサケ・マス類が常呂川を上って来る川の食域がある。 

又、南方の山域、森林帯は野の獣が豊富であり、陸の食域でもある。 

古代の生活者・住人にとって、気象条件さえ考慮に入れておけば、これほど住み易い場所はなかったのではないか・・?。 
常呂町では、日本有数の規模と内容を誇る遺跡を町づくりの柱の一つとし、展示資料や映像で学ぶことができる施設「ところ遺跡の館」や竪穴住居を復元した「ところ遺跡の森」などで、発掘された遺物の整理・保存する施設、遺物の修復作業として見学できるという。 

いずれ、常呂町に行くと北海道の歴史のすべてを目で見ることができるかもしれない。




次にお待たせ、常呂町と「カーリング」のこと・・、

本年(2006年)早々に、冬季オリンピック・「トリノオリンピック」が開催され、日本チームはフィギアスケートの荒川静香氏の金メダル1個のみ・・と、成績不振のうちに終了した。 
(この記録は2007年当初頃に纏めたものです)

そうした中、激しい運動のウィンタースポーツの内で、静かで優美な闘志を醸し出す種目がある・・、その「カーリング」が注目された。
小野寺、林、本橋、目黒、寺田の各氏のが女子日本代表チームとして健闘したことは周知で、7位とメダル獲得には至らなかったが懸命な姿に大きな反響を巻き起こした。

そして小野寺歩、林弓枝、本橋麻里の三選手は常呂町出身なのである。

ところで、本格的にカーリングが普及する発端となったのは北海道で、1980年に道庁がカナダから講師を招いて道内市町村に広めたのがはじまりといわ、常呂町の他士別市や占冠村(しむかっぷむら)なども古い歴史を誇っている。  
こんな中、常呂町は常呂町=カーリングと言われるほど町をあげてカーリングを奨励、推進し、日本で一番カーリングが盛んな町とされている。 

人口が約5000人の常呂町民の内、その6~7割もの人々がカーリング経験者という驚異的数字もある。 しかもこの町には、1988年建設の国内初の屋内カーリング場「常呂町カーリングホール」があり、小学校や中学校の授業の中でもカーリングをやっているとか、そして町内のリーグ戦もあるという。

そんな常呂町に縁が深いカーリングが、1998年の長野冬季オリンピックの際に、日本代表として出場し、その時は出場選手の半分である 10人中5人が常呂町出身という比率であった。

2002年のソルトレーク冬季オリンピックには、全員常呂町出身のチーム 「シムソンズ」が女子日本代表として出場、一躍有名になった。 
その「シムソンズ」をモデルにした映画「シムソンズ」が、2006年2月公開されている。


カーリング (curling)と は、氷上で行われるのスポーツの一つで4人ずつ2チームの対抗戦で行われ、目標とする円をめがけて各チームが交互に8回(4人*2投)ずつ石を氷上に滑らせる。 
そして、石を円の中心により近づけたチームが得点を得る。

これを10回繰り返し、総得点で勝敗を競う。 高度な戦略が必要とされ、その理詰めの試合展開から「氷上のチェス」とも呼ばれる。
15世紀にスコットランドで発祥したとされ、当時は底の平らな川石を氷の上に滑らせていたものとされている。

ところで、あのストーン、小生を含めた俗人は漬物石にちょうどいいと思うが・・?、実は、すごい高価な物だという、16個セットで100万円以上するとも・・!!。



常呂町は、2006年3月5日に北見市、留辺蘂町(るべしべ)、端野町と新設合併し、新しい北見市の一部となった。(住所表記は北見市常呂町)合併後も自治区が設けられ、一定の自治権が認められる形となっているという。



次回は、「網走」


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