2011年8月10日水曜日

日本周遊紀行(158) 桜島 「火山島・桜島」(2)

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日本周遊紀行(158) 桜島 「火山島・桜島」(2)  、



桜島・大噴火・・!!  、



桜島噴火
写真:大正年間の大噴火の様子(家並みは鹿児島)

埋没鳥居
黒神地区、黒神神社の埋没鳥居(以上2点、資料提供鹿児島市)



島名の由来は、ニニギの嫁さんの木花咲耶姫を祭る神社があり、咲耶島(さくやしま)か転じて桜島となった・・? 、

桜島火山は、姶良(あいら)カルデラという南部に生じた成層火山で北岳、中岳、南岳の三峰と権現山、鍋山、引ノ平という側火山からなり、人口が密集する鹿児島市の市街地に近接している。 

有史後の山頂噴火は南岳に限られるが、山腹や付近の海底からも噴火はしているという。 
江戸中期そして大正、昭和等の各年間に発生した大噴火はすべて山腹噴火であり、多量の溶岩を流出し、火砕流や泥流の発生もあった。 


桜島は東西10km、南北8km、周囲40km の島であったが、1914 年(大正3 年)の大噴火で山腹から流出した溶岩により大隅半島と陸続きになった。 

南岳山頂火口は、1955 年10 月の爆発以来今日まで長期間にわたって活発な噴火活動を続けており、噴出物(火山ガス・火山灰・火山礫・噴石など)や爆発時の空振、また、二次災害としての土石流などにより各方面に被害を及ぼしているという。

南岳山頂火口から2km 以内は、現在も立ち入り禁止となっていて、平成の現代になっても尚、活動は活発といわれる。 

平成12 の爆発では火山灰、噴石が噴出する被害を出し、年間の爆発回数も169 回にも及び、鹿児島市周辺でも直径2 ~ 3mm の火山礫も飛散したという。 
尚、平成14年以降は比較的静穏が続いているという。



この激しくも恐ろしい火の山に、どうして、優雅な「桜島」という名がついたのだろう・・?。

島名の由来については、島内に木花咲耶姫命と夫:瓊瓊杵尊(コノハナサクヤヒメ、ニニギノミコト)を祭る神社が鎮座していて、当初は、島の名を祭神に因んで咲耶島(さくやしま)と呼んでいたが、いつしか転訛して桜島となったとする説がある。

一方、10世紀中頃、大隅守として京都から赴任してきた「桜島忠信」の名前からとったという説の二つが有るという。



桜島は時に、雨が激しいときには大隅半島(垂水方面)から桜島へと渡る国道が閉鎖され、又、常に噴火する可能性があるので、飛来する(かもしれない)噴石避けのための「避難壕」が島内の各所に設置されている。 
そして定期的に、人口4,700人の桜島町では、噴火を想定した島からの避難訓練が行われているらしい。 

尚、国立公園は何処もそうであるが、桜島の溶岩類は許可がなければ持ち出しはできない。



大正3年(1914年)の大噴火について・・、
未だお屠蘇気分覚めやらぬ正月12日の午前10時、桜島南岳が轟然として噴火を始め、鹿児島市内にも大量の降灰が始まった。 

噴火は次第に熾烈になり、桜島全島が黒煙、白煙に包まれ、更に、上下動の激しい地震が発生、鹿児島市内では家屋や石塀が倒壊したという。 
更に、噴火は拡大し、夜になって爆発音は更に激烈になってきて人々は混乱し、逃げ惑ったとされている。 

そして、この噴火で流出した溶岩は、それまで錦江湾に浮かぶ文字通り島だった桜島と大隅半島の間の幅400m、深さ72mの海峡を埋め尽くし、半島と桜島は陸続きとなったという。 

今も、東部・黒神地区の神社の鳥居は、上部を残す埋没した姿で痕跡を残し、そのすさまじい降灰の量を端的に物語っている。 

この時の噴煙は上空8,000mに達し、遠くカムチャッカ半島にまで灰を降らせたといわれる。当時の様子を誌書には「その状況は筆舌に尽くし能わざる・・、犠牲者は死者35人、行方不明23人・・、」と記されている。


次回は、「




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