2011年5月3日火曜日

日本周遊紀行(125)熊本 「肥の国・火の国」

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『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/




 日本周遊紀行(125)熊本 「肥の国・火の国」   、





「熊本駅中央口」


熊本とは、古代「火の国」または「肥の国」と呼ばれていた・・、

島原のもう一つの象徴であるこの新緑に覆うわれ「眉山」(まゆやま)が次第に遠ざかってゆく。

フェリーは熊本フェリー(九商フェリー)で島原湾を定刻55分で結んでいて、料金は2290円、平日昼時とあって乗船車数は少ないようである。 
久しぶりの船旅であり、甲板に出て爽やかな初夏の海洋風を全身に浴びる。 

船室内ではテレビの放映中でNHKが国会審議を映していて、小泉首相が靖国参拝について盛んに自論を展開していたのが印象的であった。 

右手に天草へ通ずる半島が近付いている、航路は熊本に入ったようである。 
遠く熊本市街であろう、海岸埠頭からは大部離れているようだがビル群の凹凸が見えている。 船は長い桟橋に着岸したようで、すぐ横に緑色の尖がった屋根を頂いた洒落た建物が目に付いた、旅客船ターミナルの施設かもしれない。


熊本港は、有明海(島原湾・・?)に流入する白川と熊本市南部を流れる緑川に挟まれた三角州に浮かぶ人工島の港であり、熊本港大橋が結んでいる。 
港は旅客は元より物流港湾として今も開発が進んでいる。中国や韓国(釜山港)の船も入港し、コンテナ定期船路も開設されているという。

大橋を渡り、このまま立派な道路が熊本市郊外まで繋がっていた。 
九州の大幹線・3号国道から市・中心部の熊本城へ向かうが、途中に鹿児島本線の熊本駅へ立ち寄った。 

駅舎は白い瀟洒な建物でリゾートホテルのような印象であった。

2010年度に全線開業予定である九州新幹線の駅が併設されることになっているらしく、新幹線は高架駅となる予定。

駅前をピンクの市電がゴウゴウと走り抜けていった。
熊本市街のビルの谷間を行き交い、熊本城や古い家並みのある風景の中を、ゴトゴトと走る路面電車は風情的にも良く、熊本の大事な交通機関であるという。


主要都市でよく見られた路面電車も、高度成長期には都市交通(主に車)の円滑化の障害物とされ大部分の都市から路面電車が消えた。 
しかし、いま無公害で環境にやさしい路面電車が見直されているともいう。 
熊本市電の創業は大正14年、最盛期には7系統もあり、延長25キロメートルの営業距離があったという。
今は2系統12キロメートルに縮小されたが健在のようである。この2系統についても一旦は廃止されることになっていたらしいが、市民の存続運動によって命脈を保っているという。 



古代、熊本県の領域は概ねかつての肥後国とほぼ重なるが、肥後国は古代においては「火の国」または「肥の国」と呼ばれていた。

火の国は熊本の象徴である阿蘇地方の主神が火の神であることから呼ばれたようで、阿蘇山が噴火して火を噴き火山弾が降ることで阿蘇山に対する霊異から「火の神」とも言われ、この地方を広く「火の国」とも称したという。

又、「肥の国」は7世紀終わり頃、現在の佐賀県・長崎県の地域である肥前国と肥後国に分けられた。
肥後国は生産力が高い豊かな土地で地理的にも重要と判断されたため、律令体制下では大国の一つとされた。
中世には名和長年(出実は伯耆大山の麓の名和の庄)の子孫である名和氏などが領地を有するが、戦国時代に至っても肥後の国では有力な戦国大名が現れず、国人・豪族同士の争いが暫くのあいだ続いた。


豊臣秀吉の時代に九州制覇の後、秀吉の第一の子飼いである「加藤清正」(幼少・加藤虎之助)に肥後を分け与えている。
清正が主城に入城し統治を開始すると、治山治水や有明湾の干拓による土地開発などを積極的に行い、荒廃していた土地を改良し、生産力を向上させたという。 
現在の熊本の礎は主に清正に拠るところが多い。 

清正は1607年(慶長12年)に新たな隈本城を築き、その後、当地の呼称を隈本から「熊本」へと改名し、お城も熊本城とした。 
これ以降、熊本は城下町として発展していくことになる。しかし清正の死後江戸幕府は加藤家を改易し、代わって細川氏を入国させ、以降、明治の廃藩置県まで続く。 

昭和から平成の宗相になった細川護煕(もりひろ)は、その子孫にあたる。


現在の熊本市は九州全体としては福岡市、北九州市に次いで3番目の人口を擁する大都市である。
尚、水道水の大部分を地下水だけでまかなっている稀有な都市でもある。

次回は、「熊本城





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