2014年6月5日木曜日

19、世界遺産;厳島神社の概説  「厳島神社の三女神」







19、世界遺産;厳島神社の概説  「厳島神社の三女神」





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厳島神社の三女神

宗像大社は宗像三女神を祀る神社です。
この宗像三女神は海運の守護神とされてきました。

福岡県宗像市田島の辺津宮(へつみや)に祭られているイチキシマヒメノカミ(市杵島姫神)、大島の中津宮に祭られているタギツヒメノカミ(湍津姫神)、沖の島の沖津宮に祭られているタゴリヒメノカミ(田心姫神)を、宗像三女神といいます。

記紀神話によれば、これらの三女神はアマテラスオオミカミ(天照大神)とスサノヲノミコト(素戔鳴尊)の「誓約(うけひ)」のとき、天の安河(あまのやすかわ)で産まれたと記述されています。

そして、厳島神社のご神徳ともされ海路守護、交通安全、豊漁、治水守護、国家鎮護の7神様でもあります。


因みに、海の神でもある宗像信仰では、もう一つの神社の宗像大社があります。

宗像大社も宗像三女神を祭っている神社で、全国六千社ある宗像神社の総本社で、福岡県宗像市にあります。



厳島神社は平清盛が造営した神社で、神託によって海上交通の要として宗像神を祀る神社を建てたそうです。
同時に神仏習合の時代であったので、僧の修行の島でもありました。

清盛は日宋貿易を発展させるために宋の港近くにある普陀山に倣って、厳島神社を造営したといわれています。
貿易船の目印になり、普陀山を通る際に船員らは無事を祈願し、逆に日本からやってきた者はここまで来て安堵したといいます。 

同じようなランドマークを清盛は厳島に求めたという考えが強いです。
そのため明治の神仏分離令によって神社となりましたが、背後の山は弥山(みさん)といい、明治まで本尊は普陀山と同じ観世音菩薩でした。 

宋船は厳島神社を通る際には安堵し、出るときは無事を祈願するという事をしたわけです。









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18、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛と平家納経」








18、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛と平家納経」



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平家の栄華を今に伝える平家納経

厳島神社には平家の生み出した美の傑作である、国宝の「平家納経」が伝えられています。

これは長寛二年、清盛が平家の繁栄を願って厳島に奉納したといわれる三十二巻におよぶ経文で、制作には一門の一人ひとりがあたりました。

その豪華な装飾は他に比類を見ないもので、まさに平家の栄華の絶頂を示すものといえます。

現在、厳島神社宝物館に模写が展示されているので、ご覧になった方も多いと思いますが、各経文に華麗できらびやかな装飾が施され、神社に奉納する経文にこれだけの費用と手間をかけるものかと、あきれてしまう程です。

ここにも、やはり一門の総帥である清盛の“美意識”が反映されています。
貴族にはないスケールの大きさと、武士のもっていない華麗さを、その独特のセンスの中に併せ持っていた。それが清盛なのです。

平家の全盛時には六波羅や西八条などに邸宅を構えていた清盛ですが、六波羅の清盛邸「泉殿」や、福原にあった別荘の「雪ノ御所」も、おそらく豪奢なものだったことでしょう。

これらは、平家都落ちの際に一門の手で焼き払われてしまい、現在では目で見ることはおろか、どこの場所にあったかも定かではありません。実に残念です。



次回、 「厳島神社の三女神」










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2014年6月3日火曜日

17、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛の政治と美的感覚」







  17、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛の政治と美的感覚」  




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政治と美的感覚の不思議なバランス

水に社殿を浮かべるというアイデアは、まったく奇想天外ではありますが、忠盛の時代から日宋貿易を積極的に推進し栄えてきた「海の平家」にふさわしいものといえます。

このアイデアを思いついたとき、完成後の社殿の姿を、清盛がどのくらい正確にイメージしていたのかは分かりませんが、おそらく自身びっくりするくらいの出来栄えだったのではないでしょうか。  

もし、清盛がただ乱暴なだけの政治家であったなら、このような格調高く華麗な建築を作り出せたでしょうか。
ここには威圧するような押しつけがましさはなく、均整のとれた美があり、自然との調和があります。

これがあの横紙破りの「入道相国」の発案かと思えるほどです。
あれほど精力的な政治活動をしながら、一方でこのような歴史的文化事業を成し遂げる、そのバランス感覚には感服するほかありません。
 
また後年、清盛が奈良を焼き討ちにしたことから、清盛は信仰心のない人間であると思われているようですが、そのような世評も否定すべきものといえるでしょう。
清盛の厳島に対する思い入れは、まさに“熱狂的”といってもよい程のものがあり、平家の精神的支柱として一門をあげて尊崇していたのです。



次回、 「清盛と平家納経」








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2014年6月2日月曜日

16、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛の美の傑作・厳島神社」








16、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛の美の傑作・厳島神社」





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清盛による美の傑作「厳島神社」

清盛の美の傑作は安芸の厳島神社。 
そのアイデアといい、美しさといい、まさに日本の宝といえます。

現在、有数の観光地として知られる宮島は日本三景の一つにも数えられ、平成八年には厳島神社が世界遺産に登録されています。

古くは「伊都岐島」と呼ばれ、推古天皇の時代に造られて以来「鎮護国家の祠」「安芸国第一の霊社」として多くの人々の尊崇を受けてきました
。平家一門と厳島神社との関係は、清盛が安芸守だった頃からだと言われています。
平家物語には、清盛が勅命で高野山の大塔を修理した際、老僧が現れて「荒れ果てた厳島を修理して下されば、官位は肩を並べる人がないまでになります」と告げたので、清盛はこの老僧を弘法大師と信じて厳島の再興に尽力した、と語られています。
 

仁安二年(1167年)、太政大臣を辞任した清盛は、翌年に出家、風光明媚な福原に別荘を造営しました。
そして、厳島神社の造営も福原の整備とほぼ並行して行われたのです。

清盛は厳島神社の神主で家人でもある佐伯景弘を通して「華麗にして荘厳な社殿の造営」を朝廷に求め、景弘の「安芸の国司の重任の功」によって、それは認められました。

承安四年(1174年)には後白河法皇が、寵姫・滋子とともに参詣しており、高倉天皇も譲位後初めての参詣を厳島で遂げています。

その際、随行した公卿達は慣れない船旅に不平を言いながらも、実際に厳島を眺めると、その美しさに目を見張ったといいます。



次回、「清盛の政治と美的感覚」









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2014年6月1日日曜日

15、世界遺産;厳島神社の概説 「厳島神社と清盛の美的感覚」







  15、世界遺産;厳島神社の概説 「厳島神社と清盛の美的感覚」  





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当時の貴族とは一風変わった清盛の美的感覚

“猛き者”平清盛を語るとき、武士として、または政治家としての清盛にスポットが当てられることが多いようです。

一般的に「歴史=政治史」になってしまうので、それもやむを得ないのかも知れませんが、“人間”平清盛を語るには、これでは不十分といえます。

清盛はその生涯の中で、単なる“時代の掟破り”の独裁者では成し得なかったであろう、偉大な文化的業績を残しているからです。
 
ほんの20年ほどの栄華でしたが、そのわずかの間に、平家文化ともいえるものを現出させ、それが今日に伝えられているというのは不思議な感じもするが、これらは古い慣習や偏見にとらわれない清盛の非凡さと美的感覚から生み出されたと言ってもよいでしょう。

一切経を書いた石を沈めて島の基礎とした「経が島」にも、その非凡さはよく現れています。
父忠盛と違って和歌の才には恵まれなかったようですが、そのような清盛だったからこそ、従来の枠にとらわれない独創的な美を生み出すことができたのかも知れません。

因もに、大輪田泊(おおわだのとまり)と「経ヶ島」について、

神戸市兵庫区南部の兵庫の港地域は、平安時代、大輪田泊と呼ばれました。
この港は東南からの風波をまともにうけて停泊が非常に困難であり危険でした。 そのため、朝廷はしばしば港の改修を行いました。
 
福原に別荘を構えていた平清盛は日宋貿易の拠点として大輪田泊を重視し、承安3年(1173)に朝廷の意向受けて私財を投じて改修を行いました。
泊(とまり)の前面に防波堤となる島を築き、船を風から守ろうとしたのです。
この島が「経ヶ島」(経の島)と呼ばれています。

経が島は、日宋貿易の拠点である大輪田泊(兵庫・摂津国)に交易の拡大と風雨による波浪を避ける目的で築造された人工島です。
その広さは平家物語によると、「一里三十六町」とあることから、現代の大きさで37ヘクタールほどと推定されています。 経ヶ島・経の島とも言われています。

六甲山系の山を切り崩した土で海を埋め立てたが、それが難航したために迷信を信じる貴族たちが海神の怒りを鎮めるために人身御供をしたとも言われています。
又、清盛は石の一つ一つに一切経を書いて埋め立てたともいい、従って、この島を「経が島」と呼ぶようになったという。

ただし、実際の工事は清盛生存中には完成せず、最終的な完成は平家政権滅亡後に工事の再開を許された東大寺の重源によって建久年間に完成したとされている。
尚、現在では、度重なる地形変化等により場所が特定できず、凡そ、神戸市兵庫区の阪神高速3号神戸線以南・JR西日本和田岬線以東の地であるとみられている。

同時に、清盛は国家的事業として大輪田泊の大規模な整備を計画しましたが、源平争乱によりほとんど実行されなかったと思われます。



次回、「清盛の美の傑作・厳島神社」









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01. 15.

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