2014年6月8日日曜日

20 世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社の地形的背景」






  20 世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社の地形的背景」  



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 厳島神社はもともと陸地だった・・!

現在は海上に立つ厳島神社であるが、元々は陸地だった場所を清盛が掘って神殿を造ったという説があり、その根拠としては厳島を襲う土石流の実態だとも言われています。
厳島では200年に一度の割合で、弥山の山から神社を埋め尽くすほどの土石流が発生していて、近年ではあの枕崎台風でした。
1945年の枕崎台風から遡ること江戸時代中期の1739年、さらに室町時代の1541年にも土石流が発生しています。

つまり、200年に一度ずつ土石流が起こり、その都度厳島神社の海のところが埋まって陸地になってしまったとされます。
地質の脆い厳島では、清盛の時代の前から土石流が起こり陸地が形成されていたようです。
そうなると、現在は海であったところが本来は陸地であったと考えるのが自然だというのです。

ところが、今度は元々陸地だったところを人工的に掘って海を開き、その上に新しく社殿を造ったというふうに考えられるのです。
では、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか?
清盛は広大な土地を掘り、海の水を引き入れて、社殿を築いたというのです。

平安時代にこのような土木工事は可能だったのでしょうか?
鋤・鍬・固い樫の木の先には金具がついています。
当時の技術から、お寺や神社が造られているので、人海戦術を使えば可能だったと思われます。

厳島の100年前に建立された京都宇治の平等院、大きな池がありますが、極楽浄土を再現しようと人工的に作られた池なのです。
考古学や建築学から考えて、この時代に清盛が人工的に海を作り海上神殿を造ることは、可能だったと考えられます。

大胆な発想と、緻密な研鑽で清盛が造った海上神殿は、全ては海の上に建つことを前提に造られています。
平舞台や回廊は、優雅さだけではなく、本殿を高波から守ってくれます。
元々あった神社、創建から550年後、現在の海上神殿に改築したのが平清盛であり、彼は平家の氏神として厳島神社を篤く敬い幾度となく参詣に訪れました。










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