2014年6月16日月曜日

27、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社;中国貿易と仏教」







  27、世界遺産;厳島神社の仮設  「厳島神社;中国貿易と仏教」  




 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7b/Owadanotomari-iwakura.jpg/800px-Owadanotomari-iwakura.jpg


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/f/fc/Nanso-sen.jpg/800px-Nanso-sen.jpg





中国貿易成立の秘密とは仏教と厳島神社だった。

兵庫県神戸、日本最大級の国際貿易港です。
ここで、新たな遺跡が発見されました。

発見されたのは、800年以上前、平安末期の権力者の邸宅でした。
珍しい海外製品・白磁・青磁などです。

宋の時代に造られたものでした。それは、盛んに宋と日本が貿易していたことが解ります。
宋銭が発見されており、それは、日本の貨幣経済の始まりでした。
清盛は日宋貿易の為に福原に居をうつし、貿易を拡大させていきました。

まず福原に巨大な港を築き、宋の船が瀬戸内海を通って福原に来れるようにしました。
対等な貿易関係を築きましたが、そこには、巧みな外交戦略がありました。

政治・経済・文化のtopを走り続けてきた中国、その中国と対等な貿易関係を築くために、仏教を利用したのです。
清盛は中国・寧波の寺から仏舎利を得ていました。これは、中国の仏教勢力の仲間入りをした証拠です。
この仏教勢力を利用して日宋貿易をしたのです。

切り札の輸出品は、硫黄。硫黄は火薬の原料となり、武器を造るのに必要不可欠でした。
当時宋は、北方民族「金」の侵略を受けていました。武器の確保は、宋にとって最重要課題だったのです。
清盛は、非常に優れた情報収集能力を持っていて、当時の東アジアの情勢については”自分の手のひらを見るように詳しかった”のです。

宋が弱体化している今こそ、平等な貿易関係を築くことが出来る絶好のチャンスだと思っていました。
清盛は、非常に優れた戦略化であり、偉大な外交家だったのです。


次回、 「平家滅亡と厳島神社」








【小生の主な旅のリンク集】

《日本周遊紀行・投稿ブログ》
GoogleBlog(グーグル・ブログ)   FC2ブログ    seesaaブログ   FC2 H・P   gooブログ   忍者ブログ

《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」   日本周遊紀行「西日本編」   日本周遊紀行 (こちらは別URLです)  日本温泉紀行 

【日本の世界遺産紀行】   北海道・知床   白神山地    紀伊山地の霊場と参詣道   安芸の宮島・厳島神社   石見銀山遺跡とその文化的景観   奥州・平泉   大日光紀行と世界遺産の2社1寺群   

東北紀行2010(内陸部)    ハワイ旅行2007   沖縄旅行2008   東北紀行2010   北海道道北旅行   北海道旅行2005   南紀旅行2002   日光讃歌



【山行記】

《山の紀行・記録集》
「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   南ア・仙丈ヶ岳(1976年)   南アルプス・鳳凰三山   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   尾瀬紀行(1973年)   日光の山々   大菩薩峠紀行(1970年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   奥秩父・金峰山(1972年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「山旅の記」   「山の歌」   「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」   「日光の自然」



0 件のコメント:

コメントを投稿

01. 15.

トラッキングコード3