2014年5月27日火曜日

10、世界遺産;厳島神社の概説 「厳島神社の由来」










   10、世界遺産;厳島神社の概説 「厳島神社の由来」  




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厳島神社の由来

嚴島神社の創建は、推古元年(593年)、佐伯鞍職によると伝えられます。
平安時代後期の仁安3年(1168年)には、子孫の佐伯景弘が嚴島神社を崇敬した平清盛の援助を得て、今日のような廻廊で結ばれた海上社殿を造営されます。

本殿以下37棟の本宮(内宮)と、対岸の地御前に19棟の外宮が設けられ、全て完成するまでに数年が費やされたといわれます。社運は平家一門の権勢が増大していくにつれ高まり、その名を世に広く知られるようになりました。

清盛は高野山の大塔を修理するよう鳥羽院から命じられていました。 そして、何年もかけて修理がおわり、感無量で清盛は弘法大師の廟の前で手をあわせていました。
そこへ、ひょっこひょこと年老いた僧が近づいてきます。 白髪頭でしわくちゃです。 清盛が祈ってると、横から話しかけます。 
「次はあんた、厳島神社を修理なさい」、「だいぶ荒れ果てているよ厳島神社。ゼヒ修理なさい。そうすれば平家の未来は安泰だよー」
そんなこと言いながら、年老いた僧は見えなくなりました。

ありがたくも弘法大師のお告げに違いない、以後平家は厳島神社を信仰するようになったのです。

とにかく平家は日宋貿易ということで、瀬戸内海で中国と貿易を行なっていました。
その関係もあり、海上交通の守り神として厳島神社を信仰したわけです。

現在「厳島神社」といって誰もがイメージする朱塗りの大鳥居、海に張り出した社殿と回廊は平安時代の寝殿造りの様式を海の上にあらわすという発想に基づき、清盛と当時の神主佐伯景弘(さえきかげひろ)が修築させたものです。


次回、平家一門と厳島神社









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