2011年5月24日火曜日

日本周遊紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」

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『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/




 日本周遊紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」   、



写真:瀟洒な「寒の地獄温泉」正面入口



「寒の地獄」で、話し好きの美人女将と暫し談笑・・、

長者原へ一旦戻って、昼時期なのでレストハウスで「高原ソバ」を食した。
この後、店員に・・、
「寒の地獄温泉へ行きたいが、どのくらいの道のりですか・・?」と聞くと
「チョウジャバルのはずれに案内板があり、左へ行くとすぐがだよ」と言う
「チョウ・・なんですか・?」と聞きなおすと
「長者原と書いて、ちょうじゃバル・・と言います、・・ハイ」、
「アア、そうですか、・・」と納得して礼をし引きあげた。 

そう言えば熊本の有名地「田原坂」を“たばるざか”と読んでいた。
九州には、「――」を本州のように「はら」や「わら」と読まずに「ばる」、「はる」と読む地名が非常に多いという。 
例えば、「前原(まえばる)」、「春日原(かすがばる)」、「西都原(さいとばる)」などである。 

「バル」の読みの由来として考えられるのは韓国語で「原」を意味する言葉に「ボル」とよみ、変じて九州の地名を呼ぶパターンとして「――ばる・はる」になったと・・?。 古代九州は朝鮮・百済の民が半島から多数、渡来している地でもある。

稲作文化も中国、朝鮮より九州へ伝来し、田畑の開墾、即ち、「墾る(はる)」が転じたものともいう。つまりは稲作のため開墾された場所、または、「山間部から平野部に“張り出した”場所」を示す。
つまり、「はるばる見晴らしが良い場所」という説もあるらしい。 



長者原は、九重九湯の一つである長者原温泉郷(ちょうじゃばるおんせんごう)ともいわれ、九州で一番高地に泉源をもつ星生温泉(ほっしょうおんせん)や牧の戸温泉、冷泉で有名な寒の地獄などがある温泉郷でもある。  
その「寒の地獄」へ向かった。


再び「やまなみハイウェイ」から案内に従って行くと、林に囲まれて「寒の地獄温泉」があった。 
日本風の粋な造りの宿兼温泉保養所といった感じで、格子戸の玄関を入ると和服装いの美人女将が出てきた。 
泊まりの客でなくて一瞬、顔が曇ったように見えたが、すぐ取り直して案内してくれた。

女将さんの話では、冷泉は7~8月の夏季営業のとのことで、現在は閉鎖中。 以前は冷泉しかない湯治場だったらしいが2年前に改築し、加熱した温泉の浴室も造り、通年営業するようにしたのだそうだ。

新しくできた「温泉」に向かった。


こちらは別棟にあり「互久楽(ごくらく)湯」と名付けられ、浴室、湯船とも木目調で落ち着いた造りである。 
大きな浴槽と小さな浴槽の2つがあり、小さい方が冷泉である。小さいながらも冷泉があって良かった・・、と思ったが実は小生は冷水は苦手であった。 

湯船には底に石が張られており、無色透明の硫黄泉が惜しげもなく注がれている。 
硫黄泉ということでややその香りが漂うが、温泉そのものは実にサッパリとして心地よい。
湯船からはザーザーと惜しげもなく溢れ出しており、まさに天然掛け流しの純温泉で、これぞ互久楽、いや極楽々々である。


ところで、寒の地獄温泉の売りは冷泉で、摂氏14度の恒温は通常の湧き水よりも冷たい温度らしく、2分も浸かっていることシビレがきて、その名前の通り「地獄」のようだという。 

この冷泉と温泉を交互に入ると更に効果が上がるといわれるが、冷泉は水着着用(混浴)であり、行ったり来たりが大変だろうなと変な気をまわす・・?。 

思案しながら湯上りに冷泉場を覗いて見た、開けっぴろげの湯小屋に大きくて深そうな浴槽に満々と「入れず」の冷泉が溢れている。

それにしてもエメラルドグリーンの透明の冷泉は見とれるほどの美しい冷湯である。
単純硫化水素冷泉、水虫などの皮膚病・リュウマチなどに特効があるという。 
浴場奥には薬師如来の祠があり、1857年以来に当時の人がこの温泉に入って不治の病を治したとの銘文があるので、江戸の頃からすでに知られていたようである。



先ほどの帳場へいって温泉タマゴとビールを注文した。 
例の美人女将が・・、
「どちらから・・?」と声を掛けられて、今の状況など掻い摘んで話すと
「まあ・・素敵・・」といってオドケテ見せている。 
「こちらは日本秘湯の宿の会員らしく、昨日、黒川温泉の新明館に行きましたヨ・・」と言うと、またまたビックリして、
「あたしも知ってますはヨ」といって、「日本秘湯の宿」の本を持ち出してきて話し始めた。

彼女、余ほど話し好きで、更に旅行好きで各地の温泉地巡りをしているらしく、半ば見聞、見学をも兼ねていると言う、イヤー、実に結構な身分である。 
小生が既に巡った北海道や東北の名湯を話すと目を輝かせて聞いている。

「あたし、北海道は未だ行ったことないの、是非今度行ってみるわ・・」と羨ましげである。
長野に知人がいてその周辺も承知のようで小生の白馬別宅のことを話すと、その知人宅から白馬へスキーに出かけたこともあるという。 

話が盛り上がってしまったところへ、お客がきたので退出したが、帰り際、何故か(商売っ気もあって・・?)宿張にサインをさせられた。 
別棟、囲炉裏を施してある休息コーナーで、一味、美味しくビールを飲み干した。



旅まくら 小沢昭一的こころ』 TBSラジオより

「 寒の地獄は、標高1000メートルの長者原にわく鉱泉でありまして、浴びてよし、飲んでよし、当初は傷ついた猿が入ったのだそうでありまして、不思議に思った土地の猟師が自分でも浴びてみると、実によく効く。 以来、この鉱泉が開かれたと言われております。 硫黄泉でありまして、皮膚病、神経痛、リューマチ、痔、婦人病、胃腸病、ぜんそく、中風、精神病、性病に効能があるとございます。ま、何にでも効くようでありますが、性病は淋から梅、わけても変性梅毒にいいとある。変性の梅ちゃんとはどんな病気か存じませんが、プロデューサーには、なにやらうってつけのお湯でありましょうヨ。それにしても、プロデューサー氏の悲鳴はいったい何なのか。 “小沢さん、こ、これ温泉じゃない、温泉じゃない。 み、み、み、水だ、 チ、チ、チメタイ、 ブルブルブル。” だからご注意申し上げたでしょう。寒の地獄という以上、身を切るような冷たい水に相違ないって。あんた、自業自得だよ。」
(TBSラジオ12時15分頃、全国30曲ネットでオンエア中のラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』。)より



「やまなみハイウエイ」を更に進めると、山峡のヘアーピンカーブを繰り返しながら上る、ドライブ中に目に入ってくるのが硫黄山である、長者原のシンボルとも言われる。

その途中に、「牧の戸登山口」の駐車場や休憩舎があり、ここからも大勢の登山客が山を目指している。
硫黄山は活火山である九重連山のシンボルで、立ちのぼる噴煙によりその様子を覗える。崩れ落ちる急峻な涸れ沢には何箇所かの堰堤が施してある。
その先は火山性の荒涼たる世界が広がっていて、山頂直下は噴煙が絶え間ない。 
その両側の谷間から山肌の斜面にかけては赤と緑の絨毯、花の大競演であった。 
赤は勿論「ミヤマキリシマ」の大群落である。

硫黄山は古くは信仰の対象として崇められ、修験道の盛んなところとして知られていた。 
近世に入り、産業用火薬の原料となる硫黄の採取地であったが、石油精製の過程で硫黄ができるようになったため、今はその役割を終えている。 

近年(1995年)に水蒸気爆発による噴火によって噴火性活火山であることを証明されたが、現在は小康状態を保っているという。 
近付くと、迫力ある活動中の鳴動音も聞くことができると。

次回は、「九重、久住・・?」





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