2011年3月6日日曜日

日本周遊紀行(92)岡山  「西大寺」





日本周遊紀行(92)岡山  「西大寺」  、



吉井川の河口にある「西大寺」



日本の奇祭・裸祭りの「西大寺」・・ 、 
  
天下の国道2号線のバイパスを西に向かって進む途中に吉井川のたもと、あの「裸祭り」で有名な「西大寺」があった。 

いきなり大甍(おおいらか)を配した本堂前に出たようである。 
一隅に、のんびりと母子がじゃれあって遊ぶ姿が長閑で良い。広い境内の隅に祭り用の観覧席であろう、雛壇様(ひなだんよう)に並んでいる。

西大寺創建の歴史は古く、奈良時代の天平に遡るという。 
創建当初の境内域は広大で、約48ヘクタール(1ha=1万平方米)にも及んで、ここに薬師、弥勒の両金堂をはじめ東西両塔、四王堂院、十一面堂院など実に百十数宇の堂舎が並んでいたという。 寺の所在は備前第一の大河である吉井川の河口に位置して交通の要地でもあった。 
そのため門前町が発達して座商人が各地から集まり、西大寺は備前南部における信仰、交易、商業の中心地として栄えたという。 文字通り東の東大寺に対する西の大寺にふさわしい官大寺であった。

現在は、本堂をはじめ仁王門、三重ノ塔、大師堂、経蔵、鎮守堂等が配せられている。 
鎮守堂には一山の守護神である牛玉所大権現(ごおうしょだいごんげん:本尊・千手観音の守護神)が祀られているほか、金毘羅大権現(金刀比羅宮)が合祀されている。 


世に有名な「裸祭り」は、牛玉所大権現の信仰が特異な行事に発展したものと言われ、毎年、2月の第3土曜日の寒中に行われる日本三大奇祭と言われる祭りである。 
深夜、西大寺観音院本堂大床(おおゆか)に参集した、ふんどし一丁の男たち約9千人が、12時(0時)に投下される2本の宝木(しんぎ・牛玉所大権現の札木)をめぐって、裸男たちがすさましい争奪戦を繰り広げる。 会陽は近年、死者を出したほどに荒っぽい。 
宝木を拾う福男になるには、よほどの運の良さと体力が勝負であることはTVの映像などでも判る。
宝木には地元のスポンサーにより賞金がついているそうで、争奪戦にも一層熱が入る。 
規模といい、内容といい、知名度といい、これはどう見ても天下の奇祭である。 


「裸祭り」の根源とは・・?、
裸祭りは全国各地、北海道から九州までの各地神社で行われているようである。
一般には、その年の豊作と繁栄を願う祭で、農機具などが近代化される前は、強い働き手となる男性の存在が最も求められており、併せて、成人男女の出会いの場、強く逞しい裸体を披露することで婚姻相手を探していたともいわれる。

家督の維持、子孫の繁栄には強く逞しい男性の存在が欠かせず、裸祭を通じて男性は村の長老や女性に披露することで、結婚相手となる嫁や自家への入婿を探す男女の出会いの場として、村の行事のうち最重要の位置付けとされていた。 
裸祭に神木の取り合い等の闘争が多いのも、闘争能力の高さが男性の強さや生殖能力を象徴し、農家でより強い働き手であることを示すものでもあるだけに、伝統的に裸祭の参加は成人男性に限定されていた。


裸祭は禊(みそぎ・水で身体を清める)の後、お堂の内外で神木、玉など、その祭の「象徴」を奪い合う場合が多い。
その時期は、休耕となる真冬を中心に開催されるものが多く、これは冬場の娯楽の少ない農耕社会で鬱積した気分を解消させることを目的としていたともいわれる。

又、男性の闘争本能を呼び起こさせることで、地域社会の若者層の暴走を抑えることや、厳しい冬の寒さの中を裸で立ち向かわせることで、逞しい男らしさを演出させることでもあった。
一方、真夏に漁師を主体とした神輿を担ぐ祭、春から秋に掛けて神輿や山車を担いだり曳いたりする祭りもある。


この「裸祭り」ついて、昨今の世相を反映してか、本年(2008年)ある問題が提起された。
岩手県奥州市の黒石寺で1000年以上の歴史がある「蘇民祭」(岩手県を中心に伝わる裸祭り)の観光ポスター掲示をめぐって、JR側が「ポスターは客に不快感を与えるかもしれない」として断ったという。 

ポスターは写真3枚を組み合わせたもので、「ひげ面に胸毛がある男性が大きく掲載され、奥に下帯姿の男性らがいる」絵を表示したものである。
「単純に裸がダメというわけではないが、胸毛などに特に女性が不快に感じる図柄で、見たくないものを見せるのはセクハラ」としたものであった。

ポスターなどは、万人に全てに対して好意的だとはとは考えにくい媒体だけに、主観の入るセクハラ道義にはどうかと思うが、
セクハラとは、セクハラだと思ったらセクハラだという定義を聞いたことがある、このポスター提示に関しては意見が様々なようでもある。


私見だが・・、
この祭りは「奇祭」なのである。
世に言う歴史と伝統のある「天下の奇祭」なのである。 
たかがポスター一枚に関して、一言、二言苦言があったからといって、直に反応するのは如何なものか・・?、

過敏に反応しすぎるのは、昨今のお粗末な男女自由平等主義や敏感に反応する世相に似ている。
現代人は過去の人々と比して、「おおらかさ」という人間本来の気概を失っているのでは・・?。
その内、「裸祭り」そのものも問題になって、歴史から消されてしまう時期が来るのではないかと、聊かな危惧の念も感じるのである。



西大寺は、中国三十三観音霊場の第一番札所でもある。
お参りした後、先程から母子で睦まじく戯れているのを垣間見ながら、偶然その傍を通り退出しようとした。 
小っちゃな女の子に何気なく「バイバイ」と挨拶したら、予期せぬような返事で「ばいばい」と、にこやかに手を振り、そして、若くて美しい母親もニッコリ笑顔で会釈してくれた。 
こんな胡散臭い「おじん」に、母子観音のような素直な笑顔で挨拶を返せる親子が羨ましく、微笑ましく、心が和み、得したような気持ちになった。 
これも、西大寺・観音菩薩の思し召しか・・!。

次回は、岡山 「吉備国と岡山城


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