2010年11月29日月曜日

日本周遊紀行(48)有田 「蜜柑・みかん」

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 日本周遊紀行(48)有田 「蜜柑・みかん」 



梅の後は、「蜜柑(みかん)」のことである、  

」の南部町から「みかん・蜜柑」の有田へは地理的にはチョッと飛んでしまうが、有田市を中心とした有田川沿いの地域は古くから蜜柑の栽培を地域ブランド・有田みかん、紀州みかんとして全国に名を馳せている。


『 沖の暗いのに 白帆がみえる あれは紀の国 蜜柑船 』

江戸期、紀伊国屋文左衛門が「有田みかん」を積み込んで、江戸へ船出する光景をの風流俗曲に唄ったものである。
紀伊国屋文左衛門の生誕地は諸説あるが、有田郡湯浅町別所あたりが有力とされている。

江戸・元禄時代の1685年、台風の当たり年だった江戸では蜜柑が不足しており、価格も高騰しているに違いないと考えた文左衛門は、港に山済みされた出航待ちの蜜柑1200両分、7000篭を積み込んで嵐の中、船磁石(船のコンパス)を頼りに太平洋へと漕ぎ出した。

蜜柑不足に悩んでいた江戸の町人たちは大歓声をあげて文左衛門を迎え、命懸けの航海は成功をおさめる。 蜜柑は何と元手の30倍の金額で売却できたと言われている。 
故郷で産するミカンを江戸に運び、帰りの船で江戸から塩鮭など江戸前の海産物を上方に運送して財をなした文左衛門は未だ20代であったという。

彼が活躍したのは江戸時代の前期、五代将軍徳川綱吉が「生類憐みの令」を発令した時代であった。 
財を成した彼は、江戸の京橋・本八丁堀に材木問屋を開業している。 老中・柳沢吉保と結びつき御用商人として上野寛永寺根本中堂の用材調達を請け負ったりもした。
こうした事業は巨利を生み、一時期の全盛をきわめたが、日常生活でも金銭を惜しまず、吉原で豪遊したため「紀文大尽」とまでよばれた。
その活躍は江戸中で評判となり、彼は有名人になり俗曲やカッポレに歌われるまでになったという。
しかし、幕閣が引退したことで幕府御用達の特権も奪われ、商売も奮わなくなり衰退してゆく。 深川八幡に閑居した後、66歳で没したという。


日本一の梅の町である「みなべ町」のことは先に述べたが、ここ「有田」は古くから日本一の蜜柑の産地である。 
紀伊国屋文左衛門が嵐の中を江戸まで運んだ蜜柑は、当然「有田みかん」である。
今でこそ関東以西の各地から(主に太平洋側)生産、流通されているが、我等幼少のころは「温州みかん」といって、和歌山産の有田みかんが主流であった。


よく温暖地は蜜柑(みかん)で、寒冷地は林檎(りんご)が生産地として一般的であり、蜜柑が青森で生産され、鹿児島で林檎が育ったとは余り聞かない。 
ではどの辺りが生産地として境界に当たるのか・・?、
実は小生の住む神奈川県辺りが境目と言われる。 
味の良否、産出量の違いはともかくとして東西が融合した、蜜柑、林檎、梨、葡萄、桃、梅、等の国内の代表的な果物の大半は小規模ながら育生されていると聞く。


ともあれ今、日本、世界には数百種類ほどのみかん科の果樹、つまり柑橘(かんきつ)があるという。 その中でも日本人に一番身近で親しみのあるのが「みかん」の愛称で通用している「温州みかん」である。
そして、その本場とされているのが和歌山県の有田であり、「有田みかん」である。


温州みかん」の温州とは一体何か・・?、 

中国・浙江省の温州地方から入ってきたのがミカンの産地を称して、「温州」の名前が冠せられたのではなかろうか。 しかし、温州みかんは必ずしも「原産地」を意味するものではないともいわれる。 
日本の蜜柑の発祥地は鹿児島県長島ともいわれる。

紀州・有田に「温州みかん」として移入されて来たのは江戸中・後期頃であった。、
有田の人々も温州みかんの品種の良さに目を付け、更に改良を重ね、気候風土も適合して、有田の農家は本格的に温州みかんの栽培を始めたと云われる。 

明治初期には、有田から東京神田の青果市場へ初めて温州みかんが出荷され、大変な甘味で美味なると評判をよび、高値で取引されるようになった。 
東海道線が開通するに及んで、有田みかんは海上輸送の熊野灘経由を止め、大阪経由の鉄道便を利用するようになると天候に左右されずに計画的に出荷出来るようになる。 
当時の箱詰めみかんの販路は東京7割、大阪2割、名古屋1割であったとされてる。

最近の蜜柑ブランド名は産地地域の名称が主で、温州みかんという名称は消えつつあるようだが・・?

次回は、印南、由良「日本の調味料」の発祥地



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