2010年7月6日火曜日

日本周遊紀行(114)ひたちなか 「常陸(ひたち)の国」

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 日本周遊紀行(114)ひたちなか 「常陸(ひたち)の国」 



常陸は「甲斐・武田氏」の元祖・・?、

日立市内からは国道6号より沿岸の国道245を行くことになる、「東海村」 である。

国道沿いの松林と高い塀に囲まれた広大な一角は原子力関連の施設である。 
そう・・、東海村は日本で最初にの原子力火が灯った地として知られて、原子力研究所や開発機構、関連企業や事業所等、原子力産業施設が集積しているのである。

ただ残念なのは、この東海村でも施設の一角で、日本で初といわれる放射能事故を起こしていただ。 
1999年9月、J・C・O(株式会社ジェー・シー・オー:住友金属鉱山の子会社)という会社の核燃料加工施設において、臨界事故が発生し,放射能汚染が起こった。

臨界事故とは核物質が核分裂を起こし、この連鎖反応が一定の割合で継続している状態、この時多量の放射能が漏れ出した状態をいう。 
この事故で3名の従業員が重度の被ばくをし、2名が死亡ほか関係者、社員および事業所周辺の住民等600名以上が被ばくした過去最悪の原子力事故となった。 東海村をはじめ、内外に大きな衝撃を与え、原子力は安全であるという神話が崩れたのだった。



隣町は「ひたちなか市」である。

この那珂川の上流、JR勝田駅の南方に「武田」という地名が有る。 
甲斐の武田とは良く聞くが、常陸の武田とは聞いたことが無い。 
実は、ここは甲斐武田の発祥の地だといわれる。


源氏である清和天皇を祖にする奥州陸奥の覇者・源義家(八幡太郎)と、その弟常陸国の統治者・源義光(新羅三郎)は平安後期の名の知れた勇猛武者であった。 

義光は知謀に富み、武勇に優れ「京」の都の中央官職として任務に当っていた。 
その長男・義業(よしなり)に佐竹郷(現在の茨城県常陸太田市:戦国期頃までは、これより北部の福島・岩城から会津まで広大な地域を支配するが、関が原合戦で西軍=三成派に就いた佐竹義宣は、合戦以降、家康によって陸奥・秋田へ転封される。現、秋田市の基礎となる)に配し、三男の義清を、「武田郷」(現在の茨城県ひたちなか市武田)に配した。

源義清は武田郷に居を構え、武田冠者義清と称した。
これが「武田」姓の始まりという。


義清とその子清光は、共に武勇に優れていた。 
だが、これを恐れた常陸国司(都から派遣された貴族)は清光の「乱行」をでっちあげ、これを理由に義清・清光父子を甲斐国への配流を命じたのであった。 
これが甲斐武田の祖となるのである。

甲斐は、甲斐駒という名馬の産地でもあった。 
武勇を誇る武田氏は、この馬を乗りこなし有名な「武田騎馬軍団」の元になり、やがて武田家は、新羅三郎義光から十八代の後、甲斐の武田信玄という希代の名将を生み出すことになる。 
因みに、この武田一族の一派が、陸奥の国へ派遣され南部藩、八戸藩の祖となることは先の「八戸」の項で記した。

 

ところで、「ひたちなか市」は小生の故郷「いわき市」と同様、ひらがな文字の地域名である。「ひらがな」というのは、本来もっている漢字の意味合いを、すくなからず減じているのはたしかであろう。 
地名に関しては、地域住民の総意で決したものであることは重々承知で、尚、余計なお世話かもしれないが、「いわき」は磐城又は岩城で「ひたちなか」は常陸那珂で良かったのではないか、とも思われるが。

昨今、平成の大合併でさまざまな土地の名前が消え、また生まれようとしている。 
そんな中、怪しげな、意味不明の地名もあるように感じられる。 

地名というものは、そこに暮らした先人達の全てが重なり合い、積み上げられ、そこに住む人達のかけがえのない財産でもある。 
地名に誇りを持つということは、地域人の一つのアイデンティティー(自己の存在証明)ではなかろうか・・?。 
今時の人間が浅はかに、いじくりまわして、改変していい、というものではないようにも思うが・・?。 
地名は、地域の歴史を伝える、文化遺産だともいわれる。
 
これは小生の勝手な思考だが、前述したように、この地は常陸国で武田郷という由緒ある地域名であった。 
従って、「ひたちなか」という、ひらがなの合成語なんかではなく、いっそのこと「常陸武田市」にして、そして甲斐の「甲府市」と姉妹都市の提携でもしたら意味のある、結構な事ではないか、小生の思い過ぎ・・?。

武田地区の住宅の一角に、武田氏館(たけだうじやかた)が在る。 主屋には甲斐武田氏発祥の関係資料などを展示している。


次回は、「水戸




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